おやゆび便り

<サイン。>

夢中になれるからといって、
向いているとは限らない。
あっという間に時間が過ぎたからといって、
いい時間だったとも言い切れない。
泣いたから素晴らしい映画とも決められないし、
泣かなかったから、泣いた小説よりも
決して劣っているばかりでもない。

わかりやすいサインはある。
けれど、サインはわかりやすいがゆえに、
印象を引っ張ってしまうこともある。
ぼくらはそれを勘違いしそうになる。
(そして、少なくない場合、勘違いをする。)

ご飯をごちそうしてくれたから、
いい人なのかというと、そうでない場合もあるし、
きちんとお金を請求してくるから、
ケチだとか人情がないだとかいうのも違う。

シンプルはうつくしいけれど、
なんでも簡単に考えて処理してしまうのは、
ぼくらが間違えるきっかけをふやすことになる。
むしろ、ひねくれた見方をすることで、
間違えないことだってある。

まっすぐに浅く見ても間違えるのだ。
ひねくれて横から見ても間違えるのだ。
おそらくは(面白いことに)どちらにせよ、
まあだいたい同じくらいに間違うのだ。
だとしたら、あなたはどちらを選ぶだろうか。

ぼくは斜めから見てやろうかと思う。
あまり頭がよくないから浅くまっすぐに
見てしまっている気がするけれど、
それも間違えていることくらいは知っているから、
もっと間違えてみようと思う。
裏の裏は表だから、というのでもない。
裏の裏は、裏の裏であって、表ではないのだ。

では、また書きます。
わざとサインを出す人もあるから、めんどうだ。

イデトモタカ