「お」から始まる小さなお話*

<大文字の「LOVE」。>

大文字の「LOVE」には、
あたたかい愛を感じるのだけれど、
小文字の「love」には、
愛ももちろんあるけれど、
そこに少なくない切なさもまた
どうじに感じてしまいます。

なんだかね、大人になるっていうのは、
小文字化する、ということなんじゃないか、
と、そんなことを考えていました。
小文字と大文字の両方を得る、
というようにもいえるけれど、全体として、
小文字の比率が高くなるような気がします。
あるいは一般的ないい方をするのなら、
冷静になるということなのかもしれません。

「LOVE」にも「FRIEND」にも、
「WORLD」にも「MEMORY」にも、
そこに、存在に、疑いを感じないのですけれど、
それが「love」に、「friend」に、
「world」に、「memory」になったとたん、
無防備な信用や、信頼や、すばらしさや、
うつくしさがどこか薄まって、やっぱり、
どこか切なさや哀愁が加わってしまいます。

ひどく個人的で、感覚的な話をしていますので、
まったく意味がわからないという方も、
いらっしゃることだと思います。
すみません、ちょっと、置いていきます。

話をつづけると、思春期というのは、
これまで大文字だった世界が、
これから小文字化していく変化のときで、
そのときには世界(ことば)がすごい速度で、
変容して、絡まって、
ちょうど下手な筆記体のような状態で、
世界とじぶんの距離に困惑するのではないかしらん。
その時期(筆記体)をきちんと経ることで、
次第に大人(小文字)になっていく、と。

ある天才や、芸術家や、そうでなくても、
すてきな人、人をつよく惹きつける人というのは、
もしかしたら大文字の「LOVE」をまだ、
しっかりと握っている人なんじゃないかなぁ。
もちろんその人にも「love」はあるのだけれど、
それでも「LOVE」を信じて見ている、
という表現が近いかしらん。

大人になることをよく、
「角が取れる」なんていうけれど、
そういえば小文字って、大文字よりずいぶんと
「角」がないんですよね。
つまり、丸くなっていくんだなぁ。
当然偶然だろうけど、好きです、そういうの。

イデトモタカ(2012年1月5日)