「す」から始まる小さなお話*

<衰退。>

衰退というと、産業や文化のことを
思い浮かべるものですが、
人の肉体や思想・思考というものもまた、
ある意味では衰退するものです。

26歳か27歳くらいをピークに、
人の肉体は衰えていく、という話は
だれしもなにかしらのかたちで
耳にしたことがあると思います。
もしくは、既にそれ以上の年齢になった方は、
身をもって知っていることなのだと思います。

おなじように、思想や思考というものも、
衰退するものだと感じています。
けれどこちらは老化と混同されがちで、
なんだか曖昧なことになっている気がします。

あの頃のほうが、いい考えを持っていた、
あのときのほうが、上等なことを想っていた、
ということは、往々にしてあるものです。
考え方によっては、
子どもの頃はプロ野球選手になりたい
と思っていた人が、
いまは草野球チームで野球ができればいい、
と思っていたとするならば、
それは思想が衰退したといえるのかもしれません。

けれど、これのむつかしいのは、
十代の頃は世界中の人を幸せにしたい、
と思っていた人が、
三十代になって、きょう出会うひと、
そのとき隣にいる人を笑顔にしたい、
と思っていたとするならば、
それは思想の衰退ではなく、
場合によっては発展だともいえるということです。

結局、なにがいいたいんだといわれれば、
思想や思考も肉体とおなじのように、
「あのときのほうがすぐれていた」ということが
あるということを、了解したいと思うのです。
人は肉体の衰退は受け容れますが、
思想や思考というものは、
年齢につれて自動的に上がっていっているものだと
思ってしまうところがあるのではないかと感じるのです。
でも、そんなことも、ないぞ、と。

とはいえ、いくつになっても
鍛えれば肉体はちゃんと応えてくれるように、
思想や思考もまた、丁寧に積み上げていったなら、
どんどんどんどん発展していくものだと思います。
ただ、腐ったら、そこで衰退よ、ということです。

ちなみにですが、
年齢とともに肉体は衰えているけれど、
思想や思考はどんどん成長していく人のことを、
中国では敬意をもって「仙人」と呼ぶそうです。

黒木瞳さんを目指すのはハードルが高そうですが、
仙人にはね、だれしも心持ちしだいで
なれるんじゃないかと思います。

それも、なにもむつかしいことじゃなくね、
昔のじぶんよりも、たのしそうに、
よく笑っていたならば、それで仙人なのだと思うのです。

イデトモタカ(2012年9月9日)