「せ」から始まる小さなお話*

<整理整頓。>

整理整頓とは、捨てる能力です。
というこのひとことで、大げさでなく、
ぼくの人生はがらっと様変わりしたように思います。

じぶんの一人部屋をもらった小学生のころから、
大学に入って先のことばに出会うまで、ずっと、
ぼくはどうにも片付けのできない子どもでした。
一時期は、本棚からもれた本が床を埋め尽くして、
とうとう床にも置き場がなくなった本が、
ベッドの上にまで侵食して、
仕方なく残ったわずかなスペースで、
胎児のようにまるまって眠ってたこともありました。
「よしっ!」と思って片付けてみても、
結局はモノの絶対量が多すぎて、
できるだけ崩れないように高く積む、
という挑戦になるだけで、ひとつも解決はしませんでした。
それでずっと、ぼくは整理整頓のできない人なんだと、
じぶんにレッテルを貼って(残念そうに)生きていました。

ところが、です!
あるとき知ったのです。
整理整頓とは、片付けることじゃなく、
整理整頓とは、捨てることなのだと!
そうと気づいたら、あとは早かったです。
もうね、ばんばん捨てました。
そのとき同時に、じぶんの人生に必要なものって、
実はそんなにはないということに気がついたのも、
とっても大切な変化でした。

それまでのぼくは、本が大好きで、
半分コレクターのような状態で、
一冊だって捨てるなんて考えられませんでしたが、
その日から、これでもかというくらい処分しました。
千冊以上は売るなり、あげるなり、捨てるなりして、
手放したと思います。
けれど以外にもそのお陰で、
ずいぶんとふだんからの考えがすっきりしたんですね。

じぶんの部屋の本棚というのは、
じぶんの思考の歴史と資源といえるかもしれません。
けれどそれは、
量が多いからいいってわけじゃないんですよね。
軸(幹)がしっかりしていて、
ブレないことのほうが大事だったりしてね。

あと、本棚に関していうと、
だれかお客さんが来たときに、
じぶんの本棚に置かれている本が、
じぶんの価値観だと思われてしまいます。
けれどそれは仕方のないことです。
なので(そういう意味で)見られても恥ずかしくない本しか、
手元には残さないようにすることにしました。
逆のいい方をすると、見られて勘違いされると嫌な本は、
エッセンスだけ抜き出して(メモして)手放すことにしました。

そういうわけで、いまぼくの部屋は、
それなりにすっきりしています。
整理整頓はね、むりだよ。
だからね、捨てようね。

イデトモタカ(2011年9月23日)