「て」から始まる小さなお話*

<手を広げる。>

手をね、広げようと思うんです。
「ぐう」じゃいけないなと。

人はなにか目標に向かっているとき、
必死になってがんばっているとき、
念じるように力を込めているとき、
手が「ぐう」になります。
よし、やるぞ!という具合に、
「ぐう」になるのです。

がんばれ!と応援するときに、
あるいは、がんばるからね!というときに、
手を「ぱー」にする人は、あんまりいません。
みんな、たいてい「ぐう」にします。
でも、「ぐう」の手じゃ、
なにもつかめないのです。

これを仏教では、
「執着」というのだと思います。
「ぐう」の手は、執着のカタチをしています。

スペースがあるから、入ってくる。
空きがあるから、流れてくる。
手放すから、つかめる。
そういうことばを、
一度は聞いたことがあるでしょう。
ぼくは、それは「ただしい」ことだと感じています。
だからじぶんの生活においても、
本棚にせよ、クローゼットにせよ、
パソコンの中身にしたって、
できるだけ「ぎゅうぎゅう」にしないように
気をつけています。

口を大きく開けているとき、
人はあんまり悲しいことを考えられないといいます。
逆にうつむいて、背中を丸くしていると、
なにもなくても気が落ち込んできます。
こころと体はつながっているからです。
そうすると、やっぱり手の「ぐう」は、
「いいこと」には思えないのです。
こころの手を「ぐう」にするようなことは、
あんまりよくはないなぁと感じています。

ほんとうにほしいものがあるのなら、
手は「ぱー」にして待ってなければいけません。

じゃんけんでは、
「ぐう」より「ぱー」の方が強いのも、
なんだかおもしろく感じます。

ぼくは、手を広げて生きていこうと思います。
その方があなたと出会ったときにも、
きっと握手がしやすいですもんね。

イデトモタカ(2012年7月24日)