「と」から始まる小さなお話*

<トランプの絵札。>

トランプが好きです。
それも、かなり、好きです。

小学生のときの休み時間、
晴れた日は運動場でドッジボールなのですが、
雨の日は仲の良いみんなと大富豪でした。
だからぼくは、それなりに雨が好きでした。
少し大きくなってからは、
日本ではまだあまり馴染みのない
カシノやマキャベリやゼッテマといった
海外で流行っている遊び方を、
毎週のようにどこからか仕入れては、
親しい仲間と夜通しやって遊んでました。
どうしようもないような、
つまらないオリジナルのゲームもつくりました。
丸いカタチのや、びっくりするくらい
大きいのも持っていました。
出番はほとんどなかったのですが、
数年前まで鞄には必ずトランプが2セット入ってました。
実はカシミア広場のトランプをつくろう、
という計画もあるにはあるのです。

ところが、事件は数日前に起こったのです。
ある人がなんでもないことのように、
さらっとこう云ったのでした。

「トランプのスペード、ハート、クラブ、ダイヤは、
それぞれに、死、愛、知識、お金を象徴してて、
だから絵札のキング、クイーン、ジャックは、
スペードからは目を背けてるけど、
他の3つには目を向けてるんだって。
ただ、ジャックはまだ若いから、
クラブにも目を背けてるんだけどね。
勉強、嫌いなのかもねー。」

このことばを口にした相手は、
それこそ世間話のようにへらへらとしてましたが、
ぼくは衝撃が体中に走って、少しの間、
「へー」ということばもろくに出てきませんでした。
そして、ぼくはあからさまに凹みました。
なんにも見てないじゃないか、と思いました。
さっきの話がほんとうかどうかはわかりませんが、
そんなこと考えたこともなくて、
でも確認してみると実際そうで、
これまで何十年と見てきたはずのトランプの絵札の、
その違いというか、個性に、
まったく気づかなかったなんて、
よっぽど、いろいろなものを見ているつもりで、
実は見ていないじぶんを知ったのでした。

空も、木も、虫も、川も、
花も、鳥も、風も、月も、
じぶんの住んでるこの街も、
よく合う仲間も家族も本も、
見ているようで見てないんだなぁぼくは、きっと。
知らなくてもいいこともいっぱいあるけれど、
知ることで深くなるなにかがあるのなら、
やっぱり知りたいなぁと思うのでした。
これからはトランプを見るたびに、
そのことを思い出しそうです。

イデトモタカ(2012年1月22日)