「ね」から始まる小さなお話*

<寝かせる。>

寝かせる、という表現は、
いたるところでされています。
アイディアでも、料理でも、
寝かせることでよりよくなるといわれます。

あるときお昼の料理番組で、
おいしいカレーをつくろうというのがやっていました。
そこで有名な料理研究家の人が、
カレーは寝かせるとおいしくなるというけれど、
あれはつまり「冷ます」ことが大事なんです、
と説明していました。
だから、わざわざ料理してから一日待たなくても、
熱々でつくったのを、いったん冷まして、
また温めたなら、おなじようにおいしくなるのだと。
ぼくにはこれは、なんだかいろんなものに通じる、
ひとつの「重要な教訓」に思えました。

アイディアも、「これは!」と思いついたときには、
あきらかに興奮状態で、周りが見えなくなるものです。
そして他の人の意見は耳に入らなくなったりもします。
だからアイディアも、寝かせろ、といわれます。
いったんそのことは忘れて、考えないようにして、
じぶんのなかの興奮が落ち着いてから、
再度冷静にそのアイディアを評価してみろ、といいます。
これも一種の「冷ます」ということです。
熱したものを、冷ましてから、また温めたなら、
この場合は「おなじように温まったなら」ですが、
それはよりいいもの、ほんとのものになります。

これはじぶんの経験上ですが、
ぼくは「愛」や「恋」というものも、
いったん寝かせる、冷ましてからまた温まったものこそが、
「ほんとにそう」なんじゃないかという気がします。
愛や、恋というものは、
もっと広く「情熱」も加えていいですが、
実際にはとても地味なものなのです。
傍目からひどく燃え盛っているように見えたなら、
それは単なる「熱狂」なのだと思うのです。

愛だの、恋だの、情熱だのというものも、
やっぱりぐわぁっと込み上げるように発熱したものを、
いったん冷まして、常温に戻してからなお、
おなじように、もしくはそれ以上に温まったとき、
それは「ほんもの」なのだという気がします。
ただ、それは地味なものなのです。
外側から熱せられるのと、
内側からじわじわと温められるような違いがあります。

「これは!」と反射的に思ったものでも、
いったん寝かせる、冷ましてみる、
それができるかできないかの差が、
やっぱり年の功といいますか、
年長者が実践で培った知恵のような気がします。
カレーができたからといってすぐ熱々を食べたがる人と、
空腹をぐっとこらえて、いったん冷まし、
また熱してから食べる人との(わずかな)差というのが、
人生を大きく左右させたりするんじゃないかとも思います。

いったん寝かせられる人、冷ませる人に、
ぼくもなりたいなぁと思います。

イデトモタカ(2012年10月9日)