「へ」から始まる小さなお話*

<へっちゃら性。>

変な空気になると嫌だから。

良く思われたいから。
好かれたいから。
モテたいから。
嫌われたくないから。

そういう理由でもって、空気を読む。
空気を読んだつもりになって、
望んでいることとは別のことをする。
極端な場合、正反対のことをする。
これは、つまらんことです。

たしかに、空気を読まない、
求められているであろう期待に応えないことで
その場に居合わせた人たちから
「つまらない人」と思われるのは嫌なことです。
でもそれは、仮初(かりそめ)の関係ですから、
実際にはさほど気にしなくていいことだったりします。

仮初の関係だったとしても、
良く思われたいとのはなぜかと考えれば、
やっぱりどこかで「人はみんなじぶんに興味関心がある」
という幻想を抱いているせいだという気がします。
そういう幻想をもってしまうのは別に仕方のないことで、
あくまで「じぶんの世界」の主人公として、
ぼくも、あなたも、みんな、生きているわけですから、
必死にやっているわけですから、
その逆も真だということには、
なかなか思考が追いつきません。

つまり、誰かにとってのじぶんは、
ただの登場人物Aに過ぎないということにです。

あなたの生きている理由はなに。
人生の意味は、目的は、ミッションは。
なんて真顔で訊かれたところで、ないんですけどさ。
ないんですけど、終わりまで生きつづけるにあたって
なにをよりどころにするか、求めるかといえば、
やっぱりそれはじぶんなりの幸福感なんだと思います。
ハッピーがいいですもん、そりゃさ。

では、じぶんなりの幸福感、ハッピーから逸れるのに、
なぜその場の空気を読んで正反対の行動をするかといえば、
その場にいる人や雰囲気がじぶんに与える影響力が、
じぶんの幸福感がじぶんに与える影響力より、
強い、大きいということで、
いわば「負けている」ということになるのだと思います。

これは冷静に考えれば、変なことです。
ハッピーを得るために空気を読んでしないことをしてるのに、
その裏ではじぶんの幸福感に背いているわけですから。

言うは易く行うは難しなのは百も承知ですが、
もっとじぶんのなかの「へっちゃら性」を磨きましょうぜ。
空気を読まなくても平気な人に。
そのためには、どんな場や人が相手でも、
じぶんの幸福感がじぶんに与える影響力の方が
強いということにならなければいけません。
どうするか。
一つはじぶんなりの幸福感というものを、日々、
つくりこんでいくということなのではないかと思います。
そうすることで、それがリアルに見えてくることで、
空気を読まない気まずさよりも、
それで得られるハッピーの方が重要だと心底わかっていたら、
けっこうな「へっちゃら性」が手に入るんだと思います。

まぁ、もっと根本的には、
空気を読まなければ成立しない関係性なんて、
まことに仮初ですからね。
冷静になれば、もとよりへっちゃらなはずなのです。

イデトモタカ(2013年6月8日)