「ま」から始まる小さなお話*

<真っさらな人生。>

まだなにも傷のない、
まだ誰にも嘘をついてない、
まだ恥ずかしい過去のない、
考慮も妬みも軋轢も負い目もなにもない、
そんな「真っさらな人生」をやり直したい。
そういう夢想をしたことがある人は、
あるいは本気で求めたことがある人は、
少なからずいるでしょう。

インターネットも携帯電話もなにもない、
まだわずか数十年前のこの世界における、
地方からの上京というものは、
きっと、それに近いものだったのではないか、
と思うと、少しばかり羨ましい気もちに
正直なったりもします。
いいなぁと思います。
じぶんのことを、誰も知らない世界がある。
真っさらな人生をやり直す。
無論、そんなことはないのでしょうが、
実際には過去との縁をそうかんたんに
断ち切れるわけもないのですが、
それでも、かなり近い感じはあるはずです。

今現在においても、そういうことは、
つまり別の場所に行き、まったく新しい、
真っさらな人生を始めるということは、
じぶんが望めば不可能ではないんですよね。
知人が一人もいない土地に行き、
携帯電話を解約して、
呼ばれたこともないあだ名で自己紹介すれば、
それは手に入るのかもしれません。

けれど、ぼくにしても、あなたにしても、
ある種の世界の「リセット」を夢見ながら、
そうしていない。
実行に移していないということは、
結局、腹の底ではそれを望んではない、
それほどではない、ということなんでね。
このペースじゃ傷だらけどころか、
天国に逝く間際にはもうボロ雑巾なんじゃないか、
と思わなくもないですが、
それでもその一つひとつの傷痕が、
切なくも愛おしくて、
たしかに「生きた」という称号ですからね。

真っさらな、真っ白な人生が手に入らないのなら、
この人生を、傷だらけのキャンバスではありますが、
こころ躍るくらいカラフルに彩るしかないですぜ。

イデトモタカ(2013年2月28日)