「み」から始まる小さなお話*

<実りまで。>

実りまでの長さ、という視点をもつと、
待つことがほんの少しラクになります。
ぼくはいつもいつも人には、
「それはやりたいことなの?」
「やりたいことしかうまくいかないよ」
というくせに、じぶんはというと、
やりたいことに見えなさそうなことも
たまにやっていたりします。
その理由は、今は100%のやりたいことではないけど、
収穫がたのしみなこと、だったりします。

ぼくには行動のためのルールがいくつかあります。
(損得じゃなく)やりたいかどうかで判断する。
じぶんの美意識にそぐわないことはしない。
嫌が50%を超えたらすぐやめる。
そして、収穫まで待つ(続ける)、です。

矛盾する項目もありそうですが、
それはその都度こころを優先しながら対処します。
前から三つのルールは、
強く意識して生きていたのですが、
最後にあげた「収穫まで待つ」ということは、
実はここ最近ぼくのなかに、
新たに芽生えた価値観で、これも、
他とおなじように大切にしようと思っています。

種を蒔いてから収穫をするまでは、
あたりまえですが期間が必要です。
短いものだと1日や数時間ということも、
もしかしたらありえるかもしれません。
あるいは長いものだと、数年、数十年ということも、
めずらしいことではなく、あるでしょう。
どちらが賢いや、いい悪いではないですが、
歓びや実の大きさはというと、
やっぱりそれは、ちがいがありそうです。

例えば日雇いのアルバイトをして手に入れた
八千円でほしかった服を買ったとします。
あなたは、うれしいと思います。
一方、大学時代ずっとアルバイトをして
こつこつと貯めた二百万円で、
念願の世界旅行にいったとします。
あなたは、うれしいと思います。
けれど、このうれしさは、歓びは、手に入れた実は、
うんとちがうもののはずです。

種を蒔いたらすぐに収穫できることばかりに
こころも体も馴れてしまうのは、
うまいことばでいえませんが、どうにも、
あまりいいことではないように思うのです。
「やりたい」と思って始めたけれど、
収穫の時期がどうにも遠くて、長くて、
だんだん「やりたくないこと」に
変わってきちゃうこともあるかもしれません。
いや、きっと、あるでしょう。
けれど、そんなときも、
もし本当にこころの底から嫌なことじゃないのなら、
一度「収穫まで待ってみる」ということを、
されてみるのもありなんじゃないかと思います。
もともとは、やりたいこと、だったはずですからね。
ただ、じぶんのスタミナがない、というだけでね。

種を蒔いてから実るまで、
どんなことでも多かれ少なかれ時間がかかります。
そのことを理解しておくと、
少々の困難や、やめたい気もちにも勝って、
こころ穏やかに待てるんじゃないかと思うのです。
それも、人生のたのしさの期間ではないかと、
密かに味わってみるのも、いいですよ。
きっとね、すてきな実がなってくれるはずです。

イデトモタカ(2011年10月23日)