「め」から始まる小さなお話*

<目には目を。>

目には目を、歯には歯を。
学生時代の歴史の授業をはじめ、
だれしもが人生で一度ならず、
耳にしたことのある文句だと思います。

これはいまから約1800年ほど前、
古バビロニア王国の時代につくられたといわれる
「ハムラビ法典(ハンムラビ法典)」という
法律書に書かれていたもっとも有名な一文です。

目には目を、歯には歯を。
つまり、だれかに危害を加えたら、同じ罰を受ける。
という規定で、「同害復讐の原則」というそうです。

中学生のときだったかなぁ、
はじめてこのことば(法律)を耳にしたとき、
ぼくは「なるほどなぁ」くらいの感想しか
特になかったように思います。
あるいは「そりゃぁそうだよね」という
気もちだったかもしれません。
とにかく、そういう具合でした。

けれど、人によってはこれを
「厳しいなぁ!」と思ったかもしれません。
教科書によっては、この同害復讐の原則について
「非常に厳しい罰則」と書いているものもありました。
そういわれると、そういう気もします。

ところが、この歳になって、
この「目には目を、歯には歯を。」という考え方は、
ひじょうに合理的というか、
人間としての文化の発展なのだということを
はじめて知りました。

つまり、この法律(ルール)は
「仕返し(復讐)に合理的な限度を定めた」という点で
立派なのだということを知ったのでした。

目をやられたら、その罰は目が限度であって、
目も耳も鼻も腕も、というのは「やり過ぎ」なのです。
けれど、昔はそういうものだったのだと思います。
じぶんの妻を殺されたら、
相手の一族を皆殺しにする、ということは、
よくとはいわないまでも、あることだったのです。

そう考えると、法律というものの起源は、
つい感情的になって限度を忘れてしまう人に対して
「ここまでだよ」「これ以上はやり過ぎだよ」という
冷静な目で見る役割を担ってたんだなぁと思います。

いまの社会でも、
つい「仕返し」に躍起になっている人がいます。
事情を聞けば、なるほどそれは仕方がないね、
と思うことも多いのでしょうけれど、
でも「限度」というものも、やはりあるものです。
失ったものは取り返せないかもしれないですが、
いつまでも仕返しをしていても、仕様がないのです。

許せない相手がいたとしても、
ふと冷静になってね、
これはさすがに「目には目を」を
超えているんじゃなかろうか、
という視点を持つことが、より人間らしいといいますか、
智恵を授かったぼくらにできることじゃないかと思います。

イデトモタカ(2012年8月28日)