「り」から始まる小さなお話*

<リーダー。>

リーダーという存在は、そもそも、
傷だらけでなければおかしいのです。
リーダーというものは、こっちだと導く人であり、
つまり轍のない先頭を歩く人であり、
草木をかき分けて、真っ先に沼に足を踏み入れ、
誰よりも先に崖に挑戦する人なので、
傷だらけでないわけがないのです。
体だけでなく、こころも誰かのことばによって、
真っ先に傷めつけられる存在です。
できるはずがない、無謀だ、ばかだ、
それがリーダーが「リーダー」と呼ばれる前の
呼び名なのです。

リーダーについていく存在を、
フォロワーというのだそうです。
文字どおり「ついていく人」という意味です。
リーダーが顔をしかめながらかき分けた枝の間を、
このルートが安全だと示してくれた沼地を、
ケガをしないように手すりをつけてくれた崖を、
それでも恐る恐る行く人です。
けれどそれはわるいことでも、情けないことでも、
否定されるようなことでもありません。
今はリーダーではないだけで、
いつその人が、リーダーになるかはわかりません。
ただ、今はフォロワーだ、というだけです。
でも、フォロワーをつづける限り、
傷だらけになるのを嫌がる限り、
その人がリーダーになる日はやってきません。

リーダーになりたいけれど、傷つくのはごめんだ。
リーダーになりたいけれど、痛いのは嫌だ。
それは、とてもむつかしいことです。
不可能ではないかもしれないけれど、
リーダーになるよりも、もっとむつかしいことです。
痩せたいといいながら、好き勝手食べるようなものです。
リーダーという存在は、そもそも、
傷だらけでなければおかしいのですから。

リーダーは、嫌われ者ではありません。
リーダーは、かっこつけでもありません。
じぶんから傷つきにいったり、
じぶんから傷をこしらえるようなものでなく、
ただ先頭を歩くには、そうする他なかったのだ、
というもので、もとより、
先頭を歩くつもりもなかったのだけれど、
ただ前に人がいなかったから、痛かった、
というものなのだと思います。

傷だらけのリーダーよ、それでいいのだ。
あなたは先頭を歩いている。

イデトモタカ(2013年3月5日)