「ん」から始まる小さなお話*

<ンゴロンゴロ保全地域。>

ンゴロンゴロ保全地域という場所があるのだと、
世界遺産の勉強をしている人から教わりました。
どうしてそんなものを勉強しているのかと
訊いてみたところ、好きだからだと答えました。

ンゴロンゴロ保全地域という場所は
タンザニアという国にあるのだといっていました。
行きたいのかと問うと、行きたいと答えました。
どうしてまたそんなところにと漏らすと、
興味があるからだと笑いました。

ぼくにとって何の意味も持たないその単語は、
その人にとっては大切なことばなのでした。
ぼくにとっては面白い記号でしかない単語は、
その人にとっては心躍ることばなのでした。

つまりそれが「名前」というものなのでした。

ぼくの名前にしても、あなたの名前にしても、
関わり合いのない人にとっては、ただの記号です。
感情が動くことも、揺れることも、ありません。

けれど、ぼくやあなたを恨んでいる人にとっては、
それは酷く忌々しい模様になります。
けれど、ぼくやあなたを愛おしんでいる人にとっては、
それは尊く神聖な象徴として存在します。

世界中に散らばっていることばという記号に
意味を与えるのはぼくやあなたの人生なのでした。
情念であり、想いであり、心象なのでした。

ンゴロンゴロ保全地域という単語は、
ぼくにとっては記号でも、ある人にとっては希望です。
同様に、ぼくにとって大事な人たちの名前は、
あなたにとっては記号でも、ぼくにとっては希望です。

じぶんの名前を広く世間に知らしめたいという欲求は、
繁栄したいという植物の頃の本能であると同時に、
一人でも多くの人にとっての「意味」になりたい、
という叫びのようにも思えます。

あなたはあなたのままでいいなどと言う気はないですけれど、
あなたの名前という記号に意味を持たせるものは、
あなたの名前を知っている人たちの感情です。
いい人になれとは思いませんが、
大切にするのがいいよとは思います。

人の希望であることは、こころに誇りを宿します。

イデトモタカ(2013年7月9日)