ノーテンキでいられるのは・・・。

働きはじめたころはよく
「悩みなさそうでいいねぇ」と言われたものだ。
悩みがなかったわけではないけれど、
つとめてそう振る舞っていたのは事実。
なんでそうしていたのかな、と今振り返ると、
知り合いが1人もいない場所でやっていくには
みんなと仲良くしなくちゃいけない、
そのためにはノーテンキでいるのが一番だ、
そう思っていたような気がする。

おかげさまでいろんな人と仲良くなれたし、
心地良い空間を作ることもできたけれど、
その場に慣れてくると、そして経験と歳を重ねると、
些細なことにいきどおってイライラすることもある。
いつのまにやら「悩んだり考えてることが趣味」
ということが、まわりの人にもバレバレになってしまった。
でも、環境がかわるとまたノーテンキに振る舞う、
それはもう、いつのまにか身についた
わたしの処世術みたいなものなのかもしれない。

先日、いつもニコニコご機嫌な女性に
「いつもご機嫌でいいですね〜」
と言ったらこんなことばが返ってきた。

ノーテンキでいられるのは
自分のことしか考えてないからよ。


自分のことしか考えてない、と彼女は言ったけれど、
それはいわゆる「自己チュー」とは違う意味。
彼女は、ご主人と社会人の娘さんと3人暮らし。
お料理もお掃除もきちんとしているし、
だから家族を無視して放りっぱなしているわけではない。
ただ、家事にしたって、自分のためなんだとキッパリ言い切る。
部屋が汚れていたら自分が気持ち悪いし、
自分ばっかり、って思いながらお掃除したって気分悪い。
だったら自分が心地よく過ごすためにお掃除すればいい。
彼女は家族のためにお掃除している、という意識はないらしい。
「家族っていうより、同居人って感じなのよ。」
と最後に楽しそうに言った。

自分の役割をキチンと全うした上でのノーテンキが
ほんとうのご機嫌につながるんだろうな、と思う。
ご機嫌でいると、まわりの人も自然とニコニコしてくれる。
それこそが自分の一番心地よい場所。
自分が心地よく過ごすために、その場所を作るために、
結果的にはみんなの心地良い場所を作るための“自分のことしか”。

いつの間にか身についたわたしの処世術も、
なかなかいいセンいってるじゃないの、なんて思うけれど、
振る舞うだけじゃだめなんだな、というのもよくわかる。
彼女がいつもご機嫌でいられるのは、
自分の心地良いもの、こと、場所をちゃんとわかっているから。
わたしもなにげない毎日を心地良くご機嫌にすごせるように、
どんなところでどんな人に囲まれて過ごしたいのか思い描きつつ、
さて、まずは気になっているけど他人ごとで放っておいた
ここやあそこのお掃除から始めてみましょうか。

河村羽美(2012年11月3日)

前のページへ戻る