自分が動けば・・・。

意地をはったっていいことなんかなにもない。
それはよくよくわかっているのだけれど、
なかなか素直になるって難しい。
キレイにあやまれるひとはすごいと思う。
わたしは本当にへたくそだから、
本当にあやまらなくちゃいけない時に限って、
「ごめんなさい」がうまく言い出せない。
あやまったら負けだ、そんな意識が働いてしまうようだ。

ずっとあやまりそびれていたことがあったのだけれど、
先日やっと、勇気振り絞ってあやまった。
だって、あやまるほどのことだと思っていなかったんだもの。
そんな言い訳しながらずるずると機会を逃し、
ずいぶんたってしまったのだけれど、
ドキドキしながら「あのときはごめんなさい」と。

あやまれずに意地をはっていたときには
その人との関係は膠着していて、もう手詰まりだと思ってた。
けれど、なんてことはない、ちゃんとあやまったら、
少しずつだけれど動きはじめた。少しずつだけれどね。

同じ頃、イデトモタカさんがふとつぶやいて、
ほほう。と思ったことばがある。

自分が動けば世界も動くんだよね。

自分の意志で動かせない最たるものは
相手の感情なんじゃないかとわたしは思っている。
だけど、自分が動けば何かが動いて、
相手の感情だって、なにかしら動くのだ。

仕事に行き詰まって成長を感じられない時や、
行き止まりの恋をしているときに、
世界が全く動いていないように感じたこと、
意地っぱりなわたしは、これまで本当に何度もあった。
でもそれは、世界が止まっていたんじゃなくって、
わたしが止まっていただけなんじゃないだろうか。
反対に、世界が動き始めた、そう感じたときは、
世界が動き始めたからそう感じたんじゃなくって、
わたしがなにかしら動いたからそう感じたんだろう。

自分が動けば世界も動く。
今のわたしのまわりを動かしたいのなら、
まずは自分が動いてみること。
今までと違う結果が欲しいのなら、
今までと違うことをしてみるよりほかないのだ。

「だるまさんがころんだ」
子どものとき大好きだったあそび。
動いたら負けだから、動かなければ負けようがない。
けれど、ちょっと動いてドキドキしたり、
おもいっきり進んで英雄気取ったり、
こういう「醍醐味」とも言える楽しさは、
動かなくっちゃ得られないものだ。

人生にスリルを求めるのが正しいかどうかはわからない。
けれど、怖がってなにも動かず、
ただじっと、自分の加わっていない世界を眺め、
何も動かない世界に留まっていたってつまらない。
動きすぎて見つかったって、
転んで泣いたってきっと大丈夫。
また動けばいいんだもんね。

河村羽美(2012年12月15日)

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