わからないなら・・・。

わたしは誰かにプレゼントをあげるのが好きだ。
正確に言うと、「あげる」こと以上に
「えらぶ」ことが好きだ、と言った方がいいかもしれない。
何が好きかな、喜んでくれるかな、
そんなことを考えながらえらぶのが楽しい。
いただいたプレゼントは、どんなものであれ、
その「きもち」も一緒に受け取った気がして、
ものの価値以上のものを感じてしまう。

自分の価値観って、ついつい正しいと思いがちで、
だからプレゼントはえらんで渡すべきだ、と思うし、
そうじゃないことをこれまで受け入れられずにいた。
一緒に買いに行く、というのも受け入れがたいし、
好きなもの買っておいで、ってお金を渡すなんて、
そこに愛はあるのかと疑問に感じてしまう。

この間、数名の男性が「自分のしあわせって何か」
ということを話している席に居合わせたのだけれど、
そこで、家族のしあわせが自分のしあわせなのに、
奥さんと子どものしあわせが何かわからないんだ、
と嘆いている人がいて、皆うんうんとうなずいていた。
そのとき別の男性のアドバイスが、
とても当たり前なんだけれどもぜひ紹介させてほしい。

わからないなら聞けばいい。

本当にあたりまえのことなんだけれど、
「相手のことを想像しながら選んでこそプレゼントだ」
なんて思っていたわたしには驚きのことばだった。
初めてその大切さがわかったと言ってもいいかもしれない。
わからないのに勝手にあれこれ動き回るより、
教えてもらえばいいだけなんだよな、と。

その男性は、1年間の仕事とプライベートのスケジュールを
あらかじめおおまかに立てているらしい。
プライベートでは、やりたいこことなんかそんなにないし、
かといって奥さんが何をしたいかはわからない。
だから奥さんに「この月は何したい?」って聞いて、
一緒に計画を立てている、ということだった。
その計画自体が素晴らしいことだと思う。
けれど、「わからないから聞くんだ」と言った彼の
潔さというか、そういうものが何よりの愛情なんだな、
と気がついて、はっとさせられたのだった。

これは何も、プレゼントとかそういうことだけじゃない。
性格にしたって、ちょっとした癖にしたって、
自分よりも周りの人の方がよく知っている、
ということはよくあることだ。
中から見ていちゃわからないことって、
きっと思っている以上にたくさんあるのだろう。
その反対に、勝手に外から想像していては
一向に答えのわからないこともたくさんあるんだろう。

今の自分を変えたいと思ったら、どこを変えたらいいのかを
近しい人に聞くというのが一番の近道かもしれないし、
相手がいったいどうして欲しいのかわからないのなら、
その人にどうして欲しいのかまっすぐ尋ねてみるのも
ひとつの手なんだろう。

それにしたって、やっぱりプレゼントは
相手を想像しながらえらぶことが醍醐味だと思うけれど、
そうじゃないからといって愛がないのではなく、
相手に喜んで欲しいと思う気持ちの表現には
いろんな方法があるのだ、ということを
きちんと理解しておこうと思う。
わからないときにまっすぐ聞ける強さと潔さを
常に持っておこうと思う。

河村羽美(2013年1月19日)

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