この穴子は・・・。

人生で最後の食事は何を食べたい?

そう聞かれたらどう答えるだろう。
そんなこと誰からも聞かれたことないのに、
もし、最後の食事宣告を受けたらどうするか、
ふとそんなことを思って、めちゃくちゃ考えた。
アホだ。でも、生きるとはそんなものだ。

私はとにかく「たまご」が大好きで、
そのお料理自体がそんなに好きなものではなくても
「温玉のせ」と書いてあるだけでうっかり注文してしまう。
お寿司も好きだしお肉も好きだ。
チーズも好きだしパスタも好きだ。
だけど、結局最後に食べたいのは
「おいしいたまごかけごはん」だと思うと残念な気もするが、
そんなものだよね。最後に食べたいものって。

先日、とてもおいしいお寿司屋さんに連れて行っていただいた。
なかでもとりわけおいしかったのが「穴子」。
脂がたっぷりのった焼き穴子。
そして、ふっくら煮穴子のにぎり。
わたしは普段それほど好んで穴子を食べないのだけれど、
この穴子が特別においしいことはわたしにもわかる。

子どもの頃、うなぎと穴子の区別がつかなくて、
なんとなくうなぎはごちそう、穴子は庶民的な食べ物、
という、「うなぎ>穴子」というイメージを持っていた。
だから、この穴子のおいしさに感動して、
ついつい「おいしいうなぎよりもおいしい・・・」
とつぶやいたら、大将にやさしくこう諭された。

この穴子はうなぎと比較されては困るんですよ。

他人との比較を指標に生きていると、
自分に自信を持つことは困難だ。
自分に自信を持てない人はたくさんいるが、
そのほとんどは、無意識に比較の世界で生きている。
わざわざ人と比較をして自信をなくし、
果てには、未来に表れるかもしれない
自分よりもすばらしい女性と比較して
わたしなんかではダメだ、と勝手に落ち込む、
実はわたし、未だにときどきそんな日を送っております・・・

穴子は穴子としておいしいものを食べたいし、
うなぎはうなぎとしておいしいものを食べたい。
絶世の美女でもなければ特別に仕事ができるわけでもない。
だけど、毎日楽しく、幸せに暮らしている。
そんなわたしは、わたしとしておいしくなれるよう、
毎日を一生懸命生きてるのだからそれでいいじゃないか。
穴子をほおばりながらそんなことを思った。

いろいろおいしいものも食べてきたけれど、
わたしが最後に食べたいのは「おいしいたまごかけごはん」。
最後に食べたいものって、結局、
値段とか、希少性とか、そういう条件全部取り払って、
「いちばん大好きなもの」なのだなぁ、と実感した。
人生で最後に共に過ごしたい人も、
結局はいちばん大好きな人なんだろう。
大好きな人がいて、大好きだと思ってもらえる
いつもそんなわたしでいられるために、
毎日を、一日を、たいせつに暮らそうと思う。

河村羽美(2013年2月9日)

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