俺の自信は・・・。

自分の一番の自信っていったいなんだろう。
頭の良さだ、というひともいるかもしれないし、
器用さとか、財力だとか、容姿だとか、
自信を持っていることはひとそれぞれだ。
では、どうして自信を持っているのか、と言えば、
これまで何度もそれをほめられたり、
認めてもらったりしているうちに、
自信を持てるようになったのだと思う。

中学の同級生に、ある男の子がいた。
その子はお世辞にも「オトコマエ」ではなくて、
誰に似ているかといえばジャイアンで、
だのに、当時同年代の女子には一番人気のあった、
あるアイドルにそっくりだ、と言って回る。
学年で一番かわいい女子のことを、
付き合ってもいないのに「俺の彼女」と豪語する。
彼はお母さんに溺愛されていていたので、
容姿から始まって、いろんなことを、
いつもいつもほめられているんだろうな、と
冷めた思いで当時はその様子をみていたものだ。

なぜこんな事を思い出したのかというと、
先日、ある男性がこんなことを言っていたから。

俺の自信は嫁が愛し続けてくれたことなんだよね

そのひとは経営者で、実態は知らないけれど、
どうやら会社の業績は良さそうだし、
社員さんや仲間からの信頼も厚そうだ。
こういうひとはいろんなことに自信あるんだろうな、
なんて思っていたときのこのことばだったのだ。

何かの資質に対して自信を持っている、
ということはもちろんあると思う。
「わたしにはこれしかない」と言えるほどに
何かに自信を持っている姿は美しいとも思う。
けれど、そもそも自信というものは、
部分に対してのみ持つというようなものではなくて、
自身の存在に対して持つものなのかもしれない。
そのひとは、出会ってから今までの長い年月、
今も変わらず奥様が愛し続けてくれているからこそ、
自分のすべてを、良いところも悪いところもひっくるめ、
引き受け、受け入れ、だから自信があるように見えるのだ。

同級生の彼は、物心つくよりもずっとずっと前から
何かにつけほめられ、存在そのものを認められ、
そしてそれを当たり前と思って生きてきた。
自分は愛されるべき存在だ、と信じて疑わずに。
あの頃は冷めた目でみていたけれど、
とても素晴らしいことだったのではないだろうか。
そこまで自分に自信を持っている、つまり、
それほどまでに愛されていると自覚している彼を、
ちょっとうらやましいと感じていたのかもしれないな、
なんて、今以上にひねくれていた当時のわたしを
思い出しながらそんなことを思った。

そんなふうに愛されたい・・・とは思うけれど、
今これを書きながらじわじわ思ったのは、
わたしもそれほど誰かを掛け値なしに愛したいものだなぁ、
ということだったのにはちょっと驚いた。
愛情を受け取るのが不得手だったので、時間かかったけれど、
そろそろわたしもお返しするタイミングなんでしょうかね。

河村羽美(2013年5月12日)

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