成功するまで・・・。

昨年100歳で亡くなられた映画監督の新藤兼人さんが
先日テレビで紹介されていたのですが、
東京国際映画祭のインタビューで
「映画を撮っているうちに98歳になりまして」
と答えていたのが印象的でした。
98歳の今だから、98歳まで続けてきたからこそ
言えることばだと思うんです。
そして、なんだかよくわからないのだけれど、
あきらめてない、生々しく生きている、
そう思えて、うらやましくも感じたのでした。
わたしがもしも98歳まで生きているとして、
はたしてそんな心持ちで過ごしていられるのだろうか、と、

そういえば、先日こんなことを聞きました。

成功するまで続けた人が成功者なんだ

トーマス・エジソンが1万回も失敗を繰り返してなお、
「失敗ではない。うまくいかない方法を1万通り試しただけだ。」
と言った、というのは有名な話です。
楽しくてたまらない、そんな気落ちでなければ、
たしかにそこまであきらめずには続けられないでしょう。
成功者とよばれるような世間的にすごい人は、
もともとの才能が優れていたとは限らず、
ただ唯一言えるのが、成功するまで続けた、
ということなんだと思います。

そして、続けることの素晴らしさと同様に、
ものごとの捉えからが大事なのだ、とも思います。
成功するまで続けられた人はきっと、
悲壮感漂わせてはいなかったんじゃないのかなぁ。
そうでなければ続けられませんからね。
想像していた通りの結果や評価が得られなかったとしても、
捉え方次第でまたがんばれることだってあるでしょうし、
もうダメだとあきらめてしまうことだってあるのでしょうから。

こんなはなしをしておきながら、
わたしはコツコツと続けることが昔から苦手です。
あれやこれやと目移りして、なかなか極めることができません。
もっともっと若かったころには
「まだ打ち込めることに出会ってないだけだ」
なんて思っていたころもありましたけれども、
ニワトリが先かたまごが先か、みたいな話になりますが、
続けてみたからおもしろくなり、
おもしろくなったから捉え方が変わり、
そんな繰り返しではないのか、というような気がして来ました。

目の前のことをもうちょっと続けてみる。
そうすればきっとおもしろくなるから。
そう思えば、これまでよりは続けられそうな、
そんな気がしてくるから不思議です。
でもね、性格だって捉え方次第で、
「あきっぽい」は「好奇心旺盛」
と捉えることもできることですし、
好奇心旺盛さを存分に活かして、
先にあるだろう「おもしろさ」を楽しみにする、
どうせやるならそうやって続けていこうと思います。

河村羽美(2013年5月29日)

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