あのころ彼のここが好きだと思ったところが・・・。

恋は盲目とはよく言ったもので、
恋の始まりは、相手のいい所しか見えず、
冷静に考えたら欠点かもしれないところも、
ラブフィルターがかかってステキに見えちゃうものなんだ。
はたから見ていて滑稽だったり、痛々しかったり。
けれどもやっぱり、少々痛かったとしても、
一番しあわせなのはそんなときかもしれないな、なんて思う。

今や日本は3組に1組が離婚しているそうだ。
離婚原因の1位は「性格の不一致」なんだとか。
わたしはまだ何十年と連れ添う、という経験はしていないが、
それでも、お付き合いしているうちに、
じわりじわりと互いのこころが離れていって、
そのことにあるとき気付いて関係を続けられなくなる、
そんな切ない思いをしたことはある。
あんなに大好きだったのに、
あんなに大好きだと言ってくれていたのに、
どうしてこうなっちゃったんだろう?
という疑問は、「恋は盲目だったから」で片付けるしかなくて、
だからきっと、またそんなことを繰り返してしまうのだ。

ずっと前、ある女性がこんなことを話してくれた。

あのころ彼のここが好きだと思ったところが、
いつのまにか嫌いなところになってしまっているのよ。


彼女には結婚して20年ほどになるご主人がいる。
出会ったころは、彼のおだやかさに癒され、
なんてステキな人なんだろう、と思っていた。
けれど、20年近くたった今、そのおだやかさを
「優柔不断」とか「のんびりしすぎ!」と、
ついつい批判の対象にしてしまう、というのだ。
なんとまあ。

長い間共に過ごして「性格の不一致」ったって、
そんなのもっと早く気付けたに違いないのに、
と、それまで思うこともあったのだけれど、
もしこれが本当なら、3組に1組が離婚、
その一番の理由が「性格の不一致」というのもうなずける。
もしかしたら結婚の決め手になったかもしれないような、
最初に惹かれたところが、いつの間にか、
一番嫌いなところへと変貌を遂げるのだから。
いや、相手が変貌したのではなくて、
目の前のフィルターの色が変わっちゃうんだろうなぁ。

わたしの父親はとても亭主関白だったので、
母親はそうとう我慢していたに違いない、と思っていて、
「ずっと我慢して、しんどかったでしょう?」
と、あるとき聞いてみたことがある。
そのときの返事は「おかあさん、ずっと幸せやったで」
と、わたしの想像や記憶を疑わせるビックリ発言だった。
きっと、「好きだったはずなのにそこが嫌!」
と思うことは互いにあったのだろうと思う。
けれど、どうやってなのかは皆目検討もつかないけれど、
そこを乗り越えたから、今も一緒に暮らしているのだろう。
今思えば、母親のセリフは、もうひとこと前にくっついていて、
「いろいろあったけど、おかあさん、ずっと幸せやったで」
ってことなんだろうな。

どうやったら乗り越えられますよ、とは言えないし、
離婚はやめましょう、なんて言うつもりもないけれど、
今この人の大好きなところを、20年後には
「そこが嫌なの!」って言ってるのかもしれないなー、なんて、
不謹慎ながら楽しみにしてみるのも「あり」かもしれない。
だって、そもそも恋愛なんて滑稽なものなんですからねー。

河村羽美(2013年6月5日)

前のページへ戻る