自分をかわいがること。

先日、友人夫婦にあかちゃんが生まれた。
写真の中のその小さな姿を見ていたら、
あかちゃんはこんなに愛くるしいのだから、
誰もがみんな愛されるべき存在として生まれたんだ、と、
当たり前かもしれないことを改めて思った。
あなたも、わたしも、愛されるべきひと。

けれど、ひとは、いろんなできごとに
勝手な意味をつけて大きくなっていく。
愛されるべき存在として生まれてきたのに、
それを忘れて大人になってしまうのだ。

ひとは誰でも幸せになりたいと願っている。
それなのに、多くのひとが心の奥の方で
自分が幸せになることを一番恐れているのだそうだ。
「幸せになってもいいんだ」ということを
自分に許可できていないのだとか。

わたしだって思い当たるふしはいっぱいある。
何かにつけややこしいことを選択しがちで、
いわゆる普通のおだやかな幸せっぽいものは
わたしの手にはあまりはいってこなかった。
絵に描いたような幸せをポンと目の前に置かれると、
そんなわけない、なにか裏があるに違いない、
壊れる前に壊すんだ、とばかりに、
自分から幸せな状態をつぶしてかかった。

あ、なんか暗くなってきちゃいましたね。
いえいえ、わたしは今の人生に満足しています。
こどものころに想像していたよりは
少しばかり山や谷が多い気がしますけれど、
それにしたってなかなか楽しい毎日です。
悲壮感漂わせて不幸だってひとばかりじゃなく、
ノーテンキなわたしみたいなひとだって、
なかなか幸せを受け取るのは怖いことらしいですよ、
ということを伝えたかったのです。
みんなそうなんだ、わたしもそうかもしれないな、
そう思えば、なんだか怖くなくなるでしょう?

どうしたら幸せを受け取れるのか、なんてわかりません。
今この瞬間の選択が、幸せにつながるのか、
幸せじゃない方の道につながっているのか、
そんなことわかるはずもないのですから。
だから、せめて、自分をかわいがっているかどうか、
何かに迷ったときはそれを基準にしてみようかな、
と、今思っているのです。


突然ですが、『河原で拾ってきたコトバ。』は
この記事で最終回です。
今まで読んでいただいたあなたへ、最後にこのコトバを。

好きな人といっぱい映画を見ましょう。
好きな人といっぱいごはんを食べましょう。
好きな人といっぱいおはなしをしましょう。
そして、好きな人といっぱい笑いあいましょう。

あなたも、わたしも、自分をたくさんかわいがって、
そんな毎日を送れますように。

河村羽美(2013年12月11日)

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