<ネガポジの魅力。>

ぼくは「美しい不自然さ」というものに
かねてから興味があります。
不協和の魅力、といいますか、
順当でない流れに、ふと、目が輝きます。

たとえば、ことばなら、
ぼくがネガポジ表現と呼んでいるものがあります。
ポジティブなことばに、ネガティブな形容詞をつけて、
ポジティブの魅力を斜めに増加させる。
・・・・という高等技術です。

例をあげます。

「いつもおもしろいよね。」という、
いたってノーマルな表現も、
「いちいちおもしろいよね。」という、
わずかにネガティブなスパイスに加えると、
(ぼくのなかで)ことばの価値がぐんっと上がります。

他にも、ちょっと長いですが、
「生まれ変わっても、きっときみのこと、
好きになっちゃうと思う。」というメルヘンな一節も、
「生まれ変わっても、どうせきみのこと、
好きになっちゃうと思う。」というネガポジ表現にすると、
ぐっとくる感が倍増しません?(ぼくだけ?)

ミロのヴィーナスは、とても美しいですが、
腕がないというネガティブさがそれを、
実は引き立たせているのだと思うのです。
サモトラケのニケは、とても神々しいですが、
首がないというネガティブさがそれを、
さらに強調させているのだと思うのです。

プラスのことばっかりじゃない。
むしろ、マイナスが先にあるからこそ、
結果としてのプラスに、さらに光をあてるような気がします。

人生も、きっとマイナスだった出来事が、
よくないネガティブな過去や経験が、
あなたという人間を他のプラスの出来事以上に、
魅力的に映すのだと感じます。

イデトモタカ(2011年7月30日)