<世界なんて、どうでもいい。>

ほんとに「最期」というものが
じぶんの肩に手をかけたときに思ったのは、
ふだんのシミュレーションとは全くちがう
という当たり前のことだった。
そう話してくれたともだちがいました。
そのともだちは、健康診断にいったとき、
肝臓に黒い影が見つかって、
それもすごい大きいもので、
もしかしたら癌かもしれないからと、
精密検査をしたそうです。
そして、結果は8日後に郵送でお送りします、
といわれて、その病院を出ました。
そこからの8日間は、
たった数時間前までとなにも変わらないのに、
いつもどおり元気なのに、
気が気じゃなかったそうです。

その恐ろしい宣告をまだ受けるまえのこと、
ともだちどうしで
「もし寿命があと一年だとしたら、どうする?」
という話をしたことがあったそうで、
そのときには旅行が大好きだから
世界中を旅して、まだ行ったことのない場所や、
知らない人たちにたくさん会いにいきたい、
と思っていたのだそうです。

でも、いま、実際にその
「もし寿命があと一年だとしたら」の状態に
じぶんがなるかもしれないことなった。
そこで検査結果が出るまでの間に、
再度同じ質問をじぶんにしたそうです。
「もし寿命があと一年だとしたら、どうする?」
すると、ぜんぜんちがう答え出たと教えてくれました。

一言でいうと、「お礼まわり」だったそうです。
これまでに出会った、これまでにお世話になった、
あらゆる人に、可能な限りお礼を云いに行きたい。
みんなに「ありがとう」と伝えたい。
旅行なんて、どうでもいい。
世界なんて、どうでもいい。
会ったことのない知らない人より、
いつも一緒にいる大好きな人たちと過したい。
「ありがとう、わたしの人生は、
あなたたちのお陰で最高でした」
つまり、そういうことを伝えたいと、
残り一年ぜんぶを使っても、
そうしたいと思ったそうです。
そして、最期は世界のまだ見ぬ絶景の場ではなく、
大好きな家族に囲まれていたいと、
強く願ったそうです。

8日後に送られてきた精密検査の結果では、
「問題なし」だったので、よかったのですが、
そういうことを考える、なんというか、
恐かったけど、いい機会だったといってました。
実際には、ほんと、そうなんだろうなぁと思いました。

イデトモタカ(2011年10月27日)