<青春の「好き」選び。>

青春っていうのは、
なにを、だれを、
好きになるかわからないから、
複雑だし、たのしいんだ。
ふと、そう思いました。

歳を重ねていくごとに、
こころも、環境も、
それなりに安定してきますが、
それは「なに」が安定してきたのかというと、
ぼくは「好き」じゃないかと思うのです。

人生のベースは、
「好き」なのではないかしらん。
ぽこっと生まれてきて、育っていくなかで、
人はそれぞれに、じぶんの好きに出会ったり、
探したりします。
それはずっとつづいていくものですが、
一時的なピークというか、
大波のように「好き」の選択に迫られるのが、
10代や20代という時期なのだと思います。
つまり、いま思い返すと、
青春っていうものの正体は、
じぶんの「好き」と向き合って、
取っ組み合いする期間のだったような気がします。

なにを、好きとして、生きていくのか。
音楽なのか、映画なのか、本なのか、子どもなのか、
花なのか、パソコンなのか、デザインなのか、服なのか。
だれを、好きとして、生きていくのか。
いま決めるのか、まだ決めないのか、
とりあえずあなたなのか、いつまでもわたしなのか。

この好きの可能性が無限だから、
青春っていうのは、それぞれに、
いろんな想いを抱きながら、
独特な経験をして、そして、
分かれて、別れて、いくのだと思います。

あのときずっと、どきどきしてたのは、
四六時中「好き」と向き合ってたから、なんだなぁ。

うまいこと選べたかわからないけど、
けっこうたのしくやってるぜ、ぼくよ。

イデトモタカ(2011年11月16日)