<あのときの感情を。>

人は忘れる生きものだ。
そういうことを、よくいいますが、
ほんとに、そうだと思います。
では、なにを忘れる生きものなのかというと、
それは事柄や名称ではなくて(それも忘れるけど)
それよりも「感情」のことだと思うのです。
最近になって、ようやくそういう結論めいたものに、
たどり着きました。

人は忘れる生きものだ。
この、言葉足らずな一行をぼくなりに埋めるなら、
人は(あのときの感情を)忘れる生きものだ。
というふうに、なるような気がします。

ぼくにかぎっての話かもしれませんが、
ぼくは事柄や、モノや人の名前を忘れたときよりも、
出来事や体験したことは覚えているけれど、
そのときの感情を忘れていることに気づいたときに、
すっと、悲しくなります。
それは想い出そうと思って、おなじように、
想い出せるようなものではないからです。

その瞬間には、とてつもない力で、
ぼくを支配した感情だったとしても、
それを、ぼくは忘れるのでした。

もう、こんな思いは絶対にしない、だったり、
必ず達成してみせる、や、
こころの底からの任せて、だったりも、
そう強く想ったことは思い出せても、
その想いは、もう、ないのでした。
どこかへ、失くしてしまったのでした。

わかるんだけどね、
ずっと怒っていても仕方がないのは、
ずっと悲しんでいても仕方がないのは、
あるいは、ずっと、奮い立っていても、
体やこころが壊れてしまうのは。
けれど、それを静かに忘れてしまうのは、
切ないなぁと思ってしまいます。

あの感情を経て、いまのぼくがあるのに、
その感情にもう、会えないというのは、
うまくいえませんが、悔しいに近い想いがあります。

ごめんね、ぼくは、忘れる生きものなんだ。
過去の出来事を思い出しながら、
その記憶に感情だけが不在なことを知って、
だれに宛てるでもなく、そんなことを想いました。

イデトモタカ(2011年11月20日)