<じぶんと、じぶんの内にあるもの。>

じぶんと、じぶんの内にあるもの、
それはじぶんが存在するかぎり、
ずっと一緒にいるものです。
逆のいい方をするなら、
じぶんと、じぶんの内にあるもの、
それ以外は、いつかなくなります、
いなくなります。
そう思っておくことは、
ゆったりとでも覚悟しておくことは、
きちんと生きていくうえで、
ぼくは大切なことだと思っています。

このお気に入りの鞄も、
目の前にいる大好きな人も、
もしかしたらいつか、
なくなるかもしれない、
いなくなるかもしれない。
けれど、そうなっても、
ぼくはやっていかないといけない。
ちがう鞄で、ちがう人と、
毎日を過していかないといけない。

もちろんね、そうならないかもしれません。
このお気に入りの鞄は、ずっと相棒で、
ぼくよりも長生きするかもしれません。
この大好きな人とも、ずっと一緒に、
それこそ人生の終幕まで寄り添うかもしれません。
だけど、その可能性にすべてを賭けるのは、
それ以外の可能性を考慮しないのは、
それはあまりにも無防備だとも思うのです。

モノはなくなるし、
人はいなくなります。
そしてこれまでも、
大切だったものが幾度もなくなって、
大切だった人は何人もいなくなったと思うのです。
けれど、いま、なんとかたのしく、
やっていっているんですよね。

こんなことをいうのは、
儚いことなのかもしれないですが、
きっと、いま大切にしているものも、
いま大切にしている人も、
そう遠くない未来に、なくなると、
いなくなると思います。

そうやってここまで来て、
そうやってこれからも行くことに、
そうちがいはないはずなのです。

じぶんと、じぶんの内にあるもの、
これだけは間違いなく、
ずっと一緒なので、それこそいちばん大切に、
いちばんていねいに取り扱うべきだと思うのです。
じぶんと、過ごす。
そういうことだと思うのです。

イデトモタカ(2011年11月30日)