<嘘にするのも。>

やさしい嘘をつく男の人と、
それを嘘だと知りながら、
「うれしい」という笑う女の人が
いたとします。

彼はいいます。
「いつかどこか、のどかな旅に出よう」
それを聞いた彼女はいいます。
「いいね、行こうね」
けれど、彼はそれが叶わないことを
知っています。
そして彼女も、それが叶わないことを
承知しています。

とはいえ、彼は、こころにもないことを
いっているわけではありません。
それが叶うことを、本心では望んでいます。

彼女も、彼が、思ってもないことを
いっているわけではないと信じています。
もちろんそれが、叶えばいいと、願っています。

けれど、互いのこころのどこかの、
「でも、きっとそれは無理だろう」という諦めが、
いつだって、ふたりのなかの、
「叶えたい」という儚い想いに勝り、
結局は、無理だろうという気もちの方が実を結び、
また、彼は嘘つきになってしまうのでした。

彼は特別に、それがどうしても
叶うわけがない理由があるわけではありません。
ただ、なんとなく、無理だろうと思うのです。

同様に、彼女も特別に、それがどうしても
実現することはないのだと、
希望を持たないようにする理由や過去が、
あるわけではありません。
ただ、なんとなく、無理だろうと思うのです。

そうやってふたりは、
「きっと、無理だろう」という想い(願い)を
何度も何度も、実現しているのでした。

やさしい嘘はいらないから、
本気の嘘を、真実にしたいと思います。


追記:

それを嘘にするのもじぶん、
嘘だと思うのもじぶん、
なのでした。

他人がどうこうではなく、
じぶんを嘘つきにしてなるものか、
という気概が強くこころにあれば、
よりことばに重みと行動に信念が宿るのでしょうね。
そう思います。

イデトモタカ(2012年4月13日)