<断言の生きかた。>

断言する、ということを
あなたはどれくらい
しているのでしょう。
「だと思う」のではなく、
「こうだ」と、どのくらい
あなたはいっているのでしょう。
そういうことばを、
迷いなく発信しているのでしょうか。

断言する、ということは
ぼくにとって「こわい」ことでした。
いまにしたって、こわいものです。
そしてその正体たるは、
つまり「責任」なのでした。

断言すると、
そこに責任がうまれます。
木を燃やすと、
火がえられると同時に、
必ずそこに灰ができます。
この灰を嫌がっていたならば、
火をつけることもなくなります。
ぼくは、そういうことを
していたのでしょう。

断言すると、
あなたの大賛成者か、
あなたの大批判者の、
どちらかを得ることになります。
それがどちらになるのかは、
あなたの断言した内容と、
その後の行動によるものです。

断言しないと、
あなたのなんとなく賛成者か、
あなたのなんとなく批判者の、
どちらかを得ることになります。

なんとなく批判者は、
断言しないあなたのことを、
辛辣にこきおろすことはないでしょう。
けれど大批判者は、
断言するあなたのことに、
きっとこっぴどく反対します。

その一方で、
大賛成者は断言するあなたのことを、
心底応援してくれる存在になるでしょうけれど、
なんとなく賛成者は断言しないあなたのことを、
それほど真剣には見ていてはくれないでしょう。

「断言」というのは、
ひとつの生きかたのようなものなのです。
10の結果を狙って、10のリスクをとるか、
3の結果を狙って、3のリスクをとるか。
そういわれると、ぼくは、10のがいいなぁ。

イデトモタカ(2012年4月28日)