<あまりよくない癖。>

あたまのいい人ほど、
相手が話をしているときに、
「役に立てよう」と思うものです。
特に目上の方だったり、
なかなか会えないような人が
目の前にいるときにはなおさら、
「この機会を無駄にしまい!」と、
必至になにかの役に立つように聞き、
なにかの役に立ちそうな
質問をしようとします。

これを「わるい」こととは思いません。
けれど、
「あまりよくない癖」ほどには、
思うことがあります。

あたまのいい人ほど、
相手が話をしているときに、
「役に立とう」と思うものです。
少しでも悩んでいたり、
問題を抱えていると、
すぐにその「答え」をじぶんのなかに探し出し、
そんなときはこうすればいいよ!や、
それはここに問題があるんじゃない?と、
目の前の人の役に立とうとします。

これを「わるい」こととは思いません。
けれど、
「あまりよくない癖」ほどには、
やっぱり思うことがあります。

相手がどんなにスゴイ人だろうと、
相手がどんなに悩んでいようと、
「ただ、聞く」ということを
もっとしようぜと思っちゃいます。

ただただ、興味をもって、聞く。

そのほうがね、いい会話になるものだと思うのです。
キャッチボールですから、
そんなに球種にこだわることも、
絶妙な場所に投げる必要もないじゃない、と。

役に立てようと聞かず、
ただただ興味をもって聞いてるうちに、
「お、これはいい話だ!」と思ったときにだけ、
メモをすればいいじゃない。

役に立とうとして聞かず、
ただただ興味をもって聞いてるうちに、
「あ、それならぼくはこうしてうまくいったよ」
という話があったときにだけ、
それを伝えればいいじゃない。

・・・・と、いうことを、
「あたまのいい人」に憧れてかっこつけていた、
昔のじぶんにいいたい今日この頃でございます。

あ、もちろん、いまのぼくにもね。

イデトモタカ(2012年5月24日)