<若いときの苦労。>

ことばは透明なものですが、
使う人によって、毒にも薬にもなります。
いいことばでも、わるい人が利用すると、
よくないことばになってしまいます。

「若いときの苦労は買ってでもしろ」
ということばがあります。
このことばじたいは、プラスでも、
マイナスでも、ありません。
じぶんがどう受けとるか、それとも、
受けとらないかによるだけです。

けれどこのことばを利用して、
「ほら、『若いときの苦労は買ってでもしろ』
というだろう。
この経験はいつかお前のためになるんだ」
といって、若い人に面倒を押し付けたり、
安く使ってやろうとする大人もいます。
そういうのを、悪用というのだと思います。
(そしてぼくなら「ぼくはいらないです。」
といってお断りします。)

世界にはたくさんの
「いいことば」が残っています。
そしてそれは、いつの間にか、
それ自体が威厳を持ったり、
強制力を持ったりしてしまっています。
印籠のように、それを出されたら、
ことばを持たないものは負けてしまいます。
でも、ことばは容れ物なのです。
中身は使う人間なのです。
なのでことばよりも、
相手という人間を受けとればいいのだと思います。
そこで判断すればいいように思います。

ここからは蛇足ですけれど、
「若いときの苦労は買ってでもしろ」ということば、
最近になってようやくじぶんらしい、
納得のいく中身が見つかりました。

これはあくまでぼくの解釈ですが、
若いときというのは、
どうにも「じぶんのこと」にばかり意識がいって、
「じぶんのこと」を最優先に生きてしまいがちです。
でも、それではなかなかうまくいきません。
社会というのは、人と人との関係性だからです。
なので、そういう若い人に向けて、
「じぶん」が一番なのはわかるけど、
若いときは「他の人を応援すること」が、
実はとっても大切なんだよ、という意味を込めて、
苦労、つまり「じぶんのことじゃないこと」を
一生懸命やってみなさい、
そうしたら、不思議と道が拓けるから、
という先輩からの人生指導だと思うのです。

そう思ったら、ね、嫌なことばじゃないでしょう?

イデトモタカ(2012年7月17日)