<所有したがっていたきみへ。>

いまよりもまだ、
年端もいかなかったぼくに問う。
きみはどうしてあんなにも、
所有したがっていたのか。
まるで抱えきれないほどのものを、
欲するすべてを、
所有したがっていたのか。

知識にしたってそうだ。
目には見えないそれらを、
本というカタチに押し込めて、
なぜあんなにも所有したがったのか。
使い道さえ決まらぬうちから、
手中に収めたがっていたのか。
知識というのものの本質は、
必要なときに正確に取り出せればいいもので、
対峙している問題に活かせらればいいもので、
決して所有するのが目的ものもではないだよ。
知識そのものに執着していたから、
常に欠乏感があったのだ。

お金にしたってそうだ。
入り口も出口も判然としないうちから、
なぜただただ所有したがっていたのか。
お金というものは、
じぶんの生んだ価値を、
他人の生んだそれと交換するための、
一時的な避難所に過ぎないのだよ。
考えもなしに避難所を拡大するのに躍起になって、
いったい何を怖れていたのか。
まずはじぶん自身が、
周囲に価値を与えられる人物になることこそに、
必死になるべきだったのだ。

人にしたってそうだ。
じぶんがじぶんであるように、
じぶんはじぶんでしかないように、
だれかというじぶんを所有することなどは、
決して叶わぬことなのだ。
どうして気づかなかったのか、
どうして所有できないものを、
所有したいという呪いにかかっていたのだろうか。
じぶんの一部でない存在が、
じぶんとは全く違う存在が、
このじぶんと相容れることこそに、
もっとも深い意味があるのだよ。
それは所有できないからこそ、
味わえる種類のよろこびなのだ。

きみはどうしてあんなにも、
所有したがっていたのか。
まるで抱えきれないほどのものを、
欲するすべてを、
所有したがっていたのか。
きみがいま一番するべきことは、
皮肉にも手放すということなのだ。
手放すことが、あらゆるものを、
きみが渇望しているものたちを、
所有する以上のことになるのだよ。

イデトモタカ(2012年8月8日)