<愛ゆえに。>

誤解を恐れずにいうと、
私には失って困る人間関係がないんです。
だから、悩まないし、
ストレスも少ないのだと思います。

度々ぼくが引用させていただいている、
FOXEYの前田義子さんが、
ある著書でそのようなことを
おっしゃっていました。
当時この文章を読んだ、まだ学生のぼくは、
なるほど、すごいなぁ!
と、ひどくその哲学に感銘を受けました。
そして、ぼくもそのように生きよう、
と思ったものでした。

失って困る人間関係がない、
というのはつまり、
誰にも執着していない、ということで、
前田義子さん風にいうならば、
来るもの選んで、去るもの追わず、
ということになります。
実際にはすごく困るし、
悲しいし、辛いけれど、
無理につなぎとめたりはせず、
その変化を前向きに捉える、
ということになるのだと思います。
ぼくもその考えに、とても賛成しています。

ところが、ぼくはこれまでに一点、
勘違いしていたなぁということがありました。
先のことばを聞いたぼくは、
なるほど、私は私、あなたはあなた、
ということなんだな、と、思っていたのですが、
特に「私は私」の部分を強く考えていました。

ですが、この歳になってからは、
「あなたはあなた」の方が強かったんだな、
というふうに感じるようになりました。

うまくことばにまとまりませんが、
去っていく相手に執着しないというのは、
相手への「愛」なのだと思うのでした。
あなたのことを愛しています。
あなたはあなた、だから、
あなたが去っていくと決めたのなら、
私は送り出しましょう、愛ゆえに。
と、そういうことなのではないか、
と思うようになりました。

失って困る人間関係がない、
といえば、ぼくの場合は嘘になりますが、
でも、好きな相手ほど、
執着せず「好きにしたらいいよ」と思います。
そう思えるようなっただけ、
大人になって、愛も持ったのかもしれません。
ただ、そうだといいなぁと思います。

イデトモタカ(2012年8月23日)