<磨けば光る。>

磨けば光る、ということばがあるけれど、
光ったら、どうなるんだろう。
そういうことを、考えていました。

モノの場合、一生懸命磨いたら、
ぴっかぴかになります。
つまり、鏡のようになります。
車でも、ピアノでも、バットでも、
ぴっかぴかに磨いたら、鏡のように、
じぶんの顔や外の世界が映ります。
でも、曇っていたら、映りません。
中途半端なら、歪んで映ってしまいます。

ふと、人もおんなじではないか、と思いました。
人も、磨けば光るといわれます。
だとすれば、ぴっかぴかになるまで手を抜かず、
一生懸命に磨いていったなら、
最後には、やっぱり鏡のように
なるんじゃないかなぁと思うのです。
そして、じぶんは世界を映していて、
また、世界はじぶんを映しているのだということを、
実感するのではないかという気がします。

向き合った相手のなかに、
じぶんの至らなさを見つけ、
相手の素晴らしさを見つけ、
じぶんという人間を見るのだと思います。
相手が草木でも、動物でも、鉱物でも、空でも、水でも、
そこに映るじぶんを見つけるのではないかしらん。
それらをじぶんは映しているのだと、
知るのではないかしらん。

周囲の人にしても、
そういう、鏡のように磨かれた人を前にしたなら、
そこにじぶんの姿を映し見て、
それぞれにとって大切な「なにか」を
知るきっかけになるのではないかと思います。

じぶんを磨いていくことが、
世界を正しく知ることであり、
相手を正しく見ることであり、
つまり、じぶんを深く識ること
なのではないかと思います。

イデトモタカ(2012年9月1日)