<醗酵室に運ばれてから。>

知識として得たことや、体験したこと、
あるいは気づいたことなどが、
実際にじぶんの人生に影響を与えだすのには、
だいたい一ヶ月から三ヶ月くらいの、
醗酵の時間を経てからではないか、
ということを最近感じております。

やっぱりね、すぐじゃないです。
食にしたって、いま食べたものの影響は、
だいたい10年後に具体的に出てくる、
なんてことがいわれていたりします。
むしろ、飲めば翌朝元気になっている、
といったような、一気に得られる変化というのは、
飲まなくなれば、一気に失われてしまうものなので、
そこにあまり深い価値はないのではないか、
というような気がしてしまいます。

読めばポジティブになる本、
観たらやる気になる映画、
そういうものもね、いいとは思うんです。
リポビタンDを飲むように、
一気に活力がほしいときはありますからさ。
ただ、ほんとに血肉として人生を支えるものは、
ニボシとかブロッコリーとか玄米とかね、
そういう類のものではないかと思うのです。

本を読むときには、
ぼくは知ることよりも、気づくこと、
過去の経験が腑に落ちることのほうが、
はるかに重要だと考えています。
けれど、そういったものにしても、
その場でさっそく新たな道具として使えるか、
といえば、本当に威力を発揮するのは、
それらが醗酵室に運ばれて、
じっくりといろいろなものが凝縮されてから
だという気がします。

つまり、その場で効果を期待しない、
ということが、読書にせよその他の体験にせよ、
視点として持っておく必要があるのではないか
というのがぼくの結論です。
そういう意識さえあれば、そういうモノを選べます。
そういう意識がなく、すぐに結果や成果を望めば、
サプリや栄養ドリンクのようなモノを選びつづけ、
その場では元気にもやる気にもなるけれど、
いつまでも骨も筋肉も育たない、
ということになるのではないかと思うのです。

イデトモタカ(2012年9月3日)