<夢中飛行。>

なにかに夢中になってるときや、
ほんきでけたけた笑っているときは、
意識が「そのこと」だけに集中していて、
他のことなんて、すっかり忘れてしまってます。
夢中になってる「そのこと」や、
可笑しくてしかたがない「そのこと」以外、
あたまのなかにはありません。
そういうとき、人は、
純粋に幸福なのだと思うのです。

きょう電話をしているときに、
どちらともなく可笑しなことをいって、
ふたりで息ができないくらい、
ずっとけたけた笑い合っていました。
その最中には、ぼくは将来への不安や、
ほしいモノや、生きてる意味や、
叶わなかった夢や、失った恋や、
とりかえせないあの後悔を、
すべて忘れて笑っていました。

その瞬間が一生つづくなんてことは、
ありえない話なのだけれど
(そもそも息ができないし)、
でも、もしそういう状態でずっといられたなら、
それは死ぬほどハッピーなことだと思います。

なにかに嫉妬することもなく、
手に入らないモノを欲しがることもなく、
だれかと比較することもなく、
期待も不安も不満も依存も存在しない、
ただ「そのこと」という、夢のなかにいる。

好きなこと、つまり、
夢中になれることを仕事にできた人が幸せなのは、
「そのなか」にいられる時間が長いからであり、
そのうえで、お金も貰えるからなのだ、と思います。

ではほとんどの、生きるために仕事をしている人は、
どうすればいいのかと訊かれれば、
それはやっぱり「夢中になれるように工夫しようぜ」
ということになります。
好きなことのほうが夢中になりやすい、というだけで、
夢中になるのに好きや嫌い、たのしいたのしくないは、
あんまり関係ないものです。

「現実」にはそれぞれに、各々に、
いろんな問題がありますが、
「夢のなか」では、いま目の前のこと以外に、
他はなにもありません。
いつか最期の日が訪れたときに、
「すばらしい夢のなかにいたようだった。」
といえたなら、どれだけいいだろうと思います。

つまり、悩んだり、苦しんだりもするけれど、
いつも今に夢中で、笑っていたいなぁと思います。

目指すのは、現実逃避ではなく、夢中飛行だ。

イデトモタカ(2012年9月7日)