<オトナコドモ。>

ぼくの尊敬するような人たち、
こんな大人っていいなぁと
憧れの目でみる方々というのは、
よくよくどんな人なのかと
考えを煎じ詰めていったなら、
「子どものときの気もちを憶えていて、
それを今でも大切にしている人」
ということになるのだと、
きょうはじめて気がつきました。

人は忘却の生きものだ、
というようなことがいわれますが、
「じぶんが子どものときのこと」は、
なかでも特に忘れられていると思うのです。
それを憶えている人、
そのときの感覚を大事にしていて、
いまでも判断や行動の基準にしている人に、
ぼくはどうも惹かれるようなのでした。

けれどこれは、世間でよくいうところの、
オトナなのに少年のような人や、
少女のような人というのとは少し違うのです。
まだうまくことばにならないのですが、
いちばん近い表現でいうなれば、
じぶんに嘘をついてない人、
あるいはじぶんに正直な人、
ということになりそうです。

根本的な話になりますが、
やっぱり人間として理想的な生きかたや、
理想的な在り方というのは、
子どもの姿なのだと思うのです。
そしてこの考えはなにもぼくのオリジナルではなく、
ぼくが影響を受けたいろんな方々が
いっていたことでした。

生活の中心が遊びで、
損か得かではなく好きか嫌いか、
いいかわるいかで判断している。
そしてまだ来ない未来を心配することなく、
いつも全力で、いつもなにかに夢中で。
子どもってのは、そういう存在です。
そして、そのままの気もちで社会性を養い、
オトナになった人というのが、
ぼくにはいっとう素敵に映るのでした。
ぼくもね、そういうものになりたいと思うのです。

イデトモタカ(2012年10月3日)