<期待しないのススメ。>

相手に期待しはじめたら、
その関係性は危ないと思う。
たのしみ合うのはいいのだけれど、
相手に対して皮算用をはじめちゃうと、
途端に具合のわるい空気が
流れてしまったりします。
ここは、注意したいところです。

きょうの夕方に、ツイッター
そういうことをつぶやきました。
これは、ほんとにそうだと思っております。
ぼくの人生の大きな発見のなかに、
「目標と期待の違い」というのがあります。
これまでにも書いていることなのですが、
目標をもってなにかに打ち込むことは、
ぼくはいいことだと思っています。
人がいちばん幸せでいられるときは、
夢中になっているときだと感じているので、
目標があって、それに向うのは
とてもたのしいことだと思うのです。
けれど、目標の達成を目指しているはずなのに、
苦しいとき、愚痴が出そうなとき、
嫌な気持ちになるときがあります。
そのときは実は、「目標」がいつの間にか
「期待」にすり替わっているときなのです。
そのことに気がついてから、
ぼくはなにかと「期待すること」をやめました。
そういえば小さいときも、
誕生日なり、クリスマスなり、
うれしい、たのしいはずのイベントごとに、
変に期待や皮算用が入り出した途端、
現実との落差に不満を抱いてしまって、
ひとりでにむすっと嫌な感じになってた気がします。
あれは、申し訳なかったなぁ。

お互いに信頼し合って、秘密兵器を出すように、
こんなことやったんだ、こんなこともできるんだ、
といい意味で驚かし合いながら、
サプライズをし合いながら前進するのは、
共同でなにかをするときの醍醐味でもあります。
けれどそれに慣れてくると、
「こうしてくれるだろう」という、
じぶんに都合のいい身勝手な期待が出てきます。
そしてそれが、諸悪の根源になります。

長年連れ添っている夫婦にしても、恋人にしても、
家族にしても友人にしても、
「わかってくれてる」という前提、
つまり期待をしてしまうから、
喧嘩や嫌な感じなってしまうことが多々あります。
そういうのは、つまらないです。
あくまでも、ばらばらで一緒にですから、
じぶんの仕事をしっかりとして、
じぶんの生きる役割をまっとうしたいなと思います。

イデトモタカ(2012年11月3日)