<アメとムチの行く末。>

毎週土曜日にエッセイを書いていただいている
河村羽美さんから、興味深い話を聞きました。
ネズミに挑戦してもらった、ある実験の話です。
T字型のシンプルな迷路を用意して、
Tの字の下側の端をスタートとします。
そして、突きあたりを左に曲がると、
その奥にはエサが置いてあります(アタリ)。
反対、右側に曲がると電流が流れます(ハズレ)。
さてさて、この実験で、なにがわかると思いますか?

ネズミをスタート地点に置いて、前進させます。
突きあたりで左に曲がったときは、見事エサをゲット。
惜しくも右に曲がったときは電流ビリビリ。
どちらかに行った時点で、またスタートに戻します。
すると、常にエサは左にあるので、
何度か繰り返しているうちに、
左にしか行かなくなるような気がしますよね?
ぼくは、そうだと思っていました。

でもね、違うんですって。

エサとビリビリとを繰り返しているうちに、
もうスタート地点から一歩も動かなくなるのだそうです。
「もしまたビリビリだったらどうしよう・・・・」
という恐怖(痛み)のほうが、
もしかしたらエサをゲットできるかもしれない、
という期待よりも、強く行動に対して働きかけるのだ、
ということでした。

河村羽美さんは企業の、特に教育面でのお仕事を
サポートされている方なので、
この結果(現象)はとても重く受けとめているのだとか。
人間社会に置き換えると、
よく「アメとムチ」という言い方がありますが、
アメとムチという教育方針を打ち立てていると、
いつかこの動けなくなったネズミと同じように、
じぶんの意志で行動できなくなる人が育つ可能性が高い、
つまり「指示待ちの人」でいっぱいになる、
という危惧を抱いていると教えてくれました。

教育とは「ほめる」ことなのだ。
決して罰を与えることではない、ということを、
あらためてじぶんのこころに刻んでおこうと思います。

イデトモタカ(2012年11月11日)