<正義の二重構造。>

二重世界、三重世界、
なんと表現するのが正しいか
わかりませんけれど、
この世界というものの多くは陰で、
人によってこんなにも景色が違うのかと、
ここのところ驚いてばかりです。

ある人は黒だといい、
ある人は白だという。
ややこしいことに、
そのどちらも「嘘をついていない」という、
有り得ないことが起っているのがこの世界です。

つい先日観に行った小林賢太郎さんの舞台で、
「正義の反対は悪じゃない。
正義の反対は、もう一方の正義だ。」
というセリフがありました。
誰もが息をのみました。
ああ、そのとおりだという、
聞こえない声が聞こえたような気がします。
つまり、誰でもないぼくらの声を、
代弁しているように思えたのでした。

ぼくらの誰も「間違って生きよう」とは、
思ってはいないわけなのです。
どれだけ道理が違うと見えたとしても、
それは違うでしょうという言動をしていても、
本人にとっては正しい、
あるいは正しいには及ばなくとも、
そうせざるをえないがゆえに、
そうしている、ということばかりなのです。

彼の世界とあなたの世界、
そしてぼくの見ているこの世界、
どれも似ているようでぜんぜん違う。
それぞれがそれぞれをうまく説明しているようで、
まったく的外れな思い込みというのが関の山。
そんなことがあちらこちらで起きています。

正義の反対は悪じゃない。
正義と正義の二重構造。
それが「実際の」世の中なのでした。
不気味におもしろい。
世界のブラックユーモアな部分というのは、
世界の素の側面そのもののような気がします。

イデトモタカ(2012年12月4日)