<こころの可動域。>

今日は札幌ではじめてロミロミという
オイルマッサージを受けました。
ハワイから伝わるものだそうで、
昨日のイベントに来てくださった方が、
本場で学ばれたということで、
無理をいってお店を開けていただきました。
ええ、とても気もちがよかったです。

施術中にいろいろとお話をしていたのですが、
体というのはやっぱり、間接にせよ、筋肉にせよ、
使わないとどんどんとかたまってくるのだそうです。
「こんなものか」と、可動域が狭まってくるのだ、
ということを教えていただきました。
だから簡単なストレッチでもいいから、
動かす、伸ばす習慣をつけておくことが、
健康でいるためには必要なのだということでした。

使わないとかたく、鈍くなる。
これは体だけのことじゃなく、
「こころ」にもおなじことがいえるのではないか、
という気がいたします。
こころも動かしたり、伸ばしたり、
したほうが絶対に「いいぞ」と思うのです。
では、こころを動かす、伸ばす、というのは、
いったいぜんたいどういうことか、といえば、
それは芸術にふれたり、物語にふれたり、
そして恋をしたり、ということではないかと思うのです。

あの映画を観て、こころが動いた。
あの小説を読んで、こころが泣いた。
あの絵を見ると、とてもこころが静かになるんだ。
芸術というものは、必要のないものだとされがちですが、
実はストレッチや筋トレとおなじように、
こころをほぐすために必要なものだという気がします。
そして、その最たるものが、
ぼくは「恋」じゃないかと思うのでございます。

結婚していても、子どもがいても、
歳をとっても、だれでもかれでも、
恋というものはできるぞといいたいです。
別に付き合うことだけが恋ではないですし、
男女の仲になることだけが恋でも当然ないのです。
もっとフリーダムで、もっと個人的でいいと思うのです。

重要なのは、その恋を成就させることではなく、
恋によってこころを動かすことなのですから。
かたまって、鈍くなったこころを動かす、
いちばんのストレッチは恋じゃないかと思うのです。
ロミロミというマッサージを受けながら、
そんなことを考えておりました。

イデトモタカ(2012年12月16日)