<好きのありか。>

好き は確認のしようがないものだ
だからこそ 証明のしようもない

好き があるのか ないのか 確認するために
多くの時間を 費やしてはならない
多くの言葉を 費やしてはならない
それはただ 人生を浪費しているのだから
それはただ 新たな懐疑を生むだけだから
あなたにできることは
あなた自身の 好き に従うことだけなのだ
それで いいのだ

あなた自身の 好き を信じられる限りは
そのように 振る舞えばいい
あなた自身の 好き を信じられなくなったなら
そのように 振る舞えばいい
あなたの人生 なのだから

誰かの 好き に振り回されるかもしれない
誰かの 好き を疑い混乱するかもしれない
けれど問題は その誰か にあるのではなく
いつだって あなた にあるのだ
あなたの 好き にあるものなのだ

あなた自身の 好き が信じられるのか
あなた自身の 好き が受け容れ評価されるのか
それもまた あなたの知るところではない
限りある人生で 答えの出ない問いに挑むのは
決して勇敢なことではなく
むしろ 無謀なことなのだ

だから あなたにできることというのは
当てずっぽうに 想像 することではなく
こうしようと 決断 することなのである

イデトモタカ(2013年2月9日)