<あかるい話をする人。>

あかるい話をする人でいる。
きょう突然思いついたのですが、
これをマイテーマにしたいと思います。
あかるい話をする人、うんうん、
やっぱりいいと思うんですよね、これ。
そう思うに至った理由には、
気づいていないものも含めて、
うんとたくさんのことがあるのですが、
とりわけレビューというものの存在が、
大きいように感じます。

ぼくはよくインターネット書店の
アマゾンで本を買ってしまうのですが、
各本のページにはその内容と一緒に
読者(だけとは限らないから恐ろしいけど)
のレビュー(論評)が併載されています。
他の人がいいと言っているから買う、
というわけでは当然ありませんけれども、
全く無視する、ということもできません。
やっぱり、人のさがとして読んでしまいます。

そのなかで、いい本だとオススメしている分には、
そうかそうかと、読み流すのですが、
どんなに多くの人から喝采を受けるものでも、
数がふえるとやっぱり否定派も登場します。
そして、そういうネガティブな批評というものは、
どうしてかとても目立つ上に、
つい目を引いてしまいます。

いざ読んでみると、もっともらしいことも
書いてあるような気もするのですけれど、
基本的には「暗い」気もちになるんですよね。
そして厄介なことに、
批評という名の後出しジャンケンやあら探し、
ネガティブな反論というものは、
いっけん賢そうに見えますし、
なによりマズイのは、書いてる本人さえも、
そういうふうに感じてしまうことだと思います。

仏陀や釈迦でも嫌われる世界ですから、
賢そうな暗いことは、言おうとすれば、
だれだって、だれにだって、言えるでしょう。
だからこそ、ぼくはすべてを肯定するわけでもなく、
ふつうに、ふつうの、あかるい話をする人で
ありたいなぁと思っております。
なによりぼくが、あかるい気もちで生きたいですしね。

「あかるく・げんきに・なかよく」幼稚園児はすごいです。

イデトモタカ(2013年3月2日)