<余計なことをしない。>

余計なことをしない。
ことばにしてみると、文字にしてみると、
なんだか消極的な感じがしますけれど、
余計なことをしない、
これがいろいろなことを考えた結果の、
「明るい話をする」につづく、
ぼくのスローガンになりました。

口はわざわいのもと、
過ぎたるは及ばざるが如し、
腹八分目、
たいていの「よくないこと」は、
なにかが「余計」であることから
生まれているもののように感じます。

そんなことは、到底できないのでしょうけれど、

余計なものを食べない
余計な勉強をしない
余計な本を読まない
余計な話をしない
余計なことを言わない
余計なことをしない

といったことが叶ったなら、人生は、
どれだけよくなるだろうかと思います。
「なにかをしろ」というのではないのです。
だから、誰にでもできることなのです。
けれどこれがむつかしいものだから、
多くの人が困ってしまっているのだと思います。

アートや、音楽や、高級腕時計や、ペットといった、
ただ「生きる(生存する)」ためだけには
余計なものに見えるものというのは、
余計なものではないのです。
それらは、むしろ「ない」とつまらないものです。
では、どういうものが「余計なもの」なのかといえば
・・・・その答えはぼくがいうまでもなく、
おのおのじぶんにとっての「それ」でございます。

余計なことをしない。
そうするためには、じぶんの人生、一日二十四時間を、
もう一度見直すところから始まります。
余計なことは、二十五時間目にするものです。

イデトモタカ(2013年3月19日)