<抱かれているその感情に。>

『名もなき関係。』は、ぼく自身がだらしないというか、
実際にそういう状況のときに書いたものです。
ぼくは恋愛があまりじょうずではないようで、
どうにもならないことに、これまでよくなってきました。

けれど、相手のことを「好き」ということは、
そういう「状況」や「しがらみ」とは、
関係がないのだということに、あるとき気がつきました。

じぶんのなかの「好き」という感情に、
嘘をつくことはないと思っています。
だからといって、その「好き」の成就を望む、
求めるものを手に入れようとするということは、
これまた、違うことなんですよね。

かけがえのない存在がいる、ということは、
世界に彩りが与えられ、幸せなことだと思うのです。
けれど、失ったら困る人がいる、ということは、
じぶんのこころも人生も苦しめてしまいます。

いま抱かれているその感情に、
ふたりの未来や状況や関係性でなく、
「愛おしい」というその感情の持ち主がじぶんだということに
満足できるようになればいいですね。

求めることは、手に入れることの第一歩かもしれませんが、
手放すことは、失わないことへの第一歩です。

もっとも辛い生きかたというのは、
手に入らないものを求めつづけることだと思います。

季節が留まらないように、
世界は刻一刻と変わっていきます。
ぼくらも一秒ごとに歳をとり、
じぶんを取り巻く環境も、見えない単位で動いています。
「変らないこと」はなく、それは求めてはいけない対象です。
だからこそ、人はそれを「愛おしい」と思います。

執着しなければ、依存しなければ、
比較しなければ、期待しなければ、
あなたのその「愛おしい」は、人生からのプレゼントです。
けれど、それがなくならないことを求めたら、
じぶんの統制下に置こう、手に入れようと思ったら、
いつか来る行き止まりの名は不幸です。

どうにもならないことが多い世界ですけれど、
感じることは自由ですので、
その状況を、あらゆる環境を、
「愛おしい」と感じられるといいですね。
いつか来るかもしれない別れのときも、最後のときも、
それらも含めて「愛おしい」と思えればいいですね。

(あるメールへの返信)

イデトモタカ(2013年3月22日)