<積極的に嫌いになれない人。>

じぶんを好いてくれている人のことを、
積極的に嫌いになるのは、
なかなかむつかしいことです。
つまり、逆もしかり、なんですよね。

あ、じぶんはこの人から好かれているな、
好感をもって接してくれているな、
ということがわかることがあるでしょう。
その推察が確信的にせよ、なんとなくにせよ、
じぶんのことを良く思ってくれている人を、
こちらから嫌うことは、
こころから嫌うことは、
少々思うところがあったとしても、
特殊な事情を除いてはできることではないだろう
と思うのです。
無慈悲なまでに嫌ったり、避けたり、敵にまわるのは、
ずいぶんとむずかしいぜ、と。

ということは、じぶんがそうであるならば、
きっと相手にしたって、どこかの誰かにしたって、
似たような気持ちだろうと考えられます。
じぶんが積極的に、媚びへつらうのではないけれど、
あなたのことが好きですよ、
という目で、耳で、口で、態度でいたならば、
そうそう簡単に嫌いになられることは、
不快に思われることは、ないと思っていいはずです。

恋愛、という(特殊な)状況においては
その限りではないのかもしれませんけれど、
一般の人付き合い、世渡りというゾーンの話でいえば、
ぼくはそうだと言っていい気がします。

そういえば詐欺にあった人というのも、
あれは詐欺だったとわかってからも、
いや、でも、あの人はいい人だったから、と、
相手を庇うことが少なくないそうです。
それはその詐欺師が相手を騙す目的とはいえ、
ずいぶんと「好意」を示していたがゆえであり、
そのときに受け取った感情や態度というものは、
そうそう簡単に「無」になることはないのでしょうね。
ぼくにはそう思われます。

アランは『幸福論』で、
「上機嫌でいることが、一番の療法だ」
というようなことを書いておりましたが、
いつも誰に対しても上機嫌で、
とりわけ好きな人にはきちんと好意を示す、
をされたならば、この世はずいぶんと生きやすくなり、
またじぶん自身も、いいんじゃないかという気がします。

イデトモタカ(2013年5月24日)