<人に頼って生きる。>

ぼくは人に頼ることを前提に生きています。

いまさらながら、そのことをきょう自覚しました。
ツイッターである人が「防災グッズを買った」と
書いてあるのを読んだからなのかもしれません。
ぼくは自己防衛力がひじょうに弱い生きものです。
ニンゲンという生きものとしての生存能力が、
そもそも全体的に低いように思います。
いざ無人島に放り出されたりしたならば、
なんとか生き延びようと必死になるでしょうけれど、
実生活においては、切実さが足りないことから、
いろんなことを人任せにしています。

そんなことだから、いざ、なにがが起きたとき、
おそらく準備不足すぎるくらいに、
準備不足になるんじゃなかろうかと思います。
自覚していて対策を打たないのだから、
これを罪だという人もあるかもしれません。
あるいは馬鹿だという人があるかもしれません。
甘んじましょう!
と、思います。
そういう生きかたを選択しているのは、
誰でもない、ぼくですから。

では、なぜ何もしないのか、といえば、
やっぱり「人に頼る」気もちがあるからで、
良くも悪くもそこに期待しているのだともいえます。
ただ、仮にぼくがほんとにお金が無くて、
これはもういよいよ餓死するぞ、
という状況になった場合に、ここやツイッターで
「お腹空いて死にそうです。」
と本気で書いて住所を載せたなら、
少なくとも知り合いのだれかは、
もしかしたら知らない人のだれかも、
お米なりなんなりの食糧を送ってくれる自信があります。
意図はしていませんけれど、
どうにか「頼らせてもらえる」環境というものを、
ぼくがつくってこれたからだと思います。
もしこれでなにも届かないようであれば、
ま、単純にぼくの生きかたが悪かった、ということです。

みんなが大変なときには、たとえばいっせいに被災して、
じぶんのことで精一杯どころか、
周囲を蹴落としてでもしなければ生き延びられない、
という社会や世界がやってきたなら、
そのときには「だれにも頼らずに生きれる人」が
いちばん強くて、立派で、
ぼくなんかはすぐに野垂れ死にしてしまうでしょう。
けれど、同時に、ぼくのほうも、
そんな世の中に用はないのです。

イデトモタカ(2013年6月6日)