<新人のつとめ。>

新人のつとめはなにか。
そういうことについて、考えていました。
なぜ新人は、新しいことを、誰も知らないことを
求められ、それに応えなければならないのか。
なんでもないその理由に納得したかったのです。

小説でも、漫画でも、音楽でも、
あらゆる分野には「新人賞」があります。
文字どおり「新しい」「人」を決める賞です。
それを深読みしてみると、つまり、
「新しい時代を担う人」であり、
「新しい時代を創ることが期待される人」
に対して贈られる賞(エール)ともいえます。

新人は新人がゆえに実力や経験においては
先達に敵うことができません。
これは当然のことです。
あるいは、前提です。
だからこそ、先達と同じ土俵で比較、
評価されるもので戦ってはいけないのだと思います。
そうではなくて、最低限の技量は必要ながら、
独特の「型」、新しい土俵そのものをつくるということが
求められているのだと考えるほうが妥当です。

ここに、一つの見落とされがちな事実があります。
それは、現在各業界を牽引している一流プロというのは、
ほぼ例外なく新しいスタンダードをつくった人です。
つまり、かつての「新人」なのです。
新しいこと、誰も知らないことを見事に成し得た新人が、
幾年か後に大御所になるのです。

これは芸術や抽象の分野だけではありません。
今や世界を代表する大企業、
トヨタも、ディズニーも、マイクロソフトも、アップルも、
ユニクロもグーグルもアルマーニもリーバイスも、
もとは新しいことを提案した「新人」です。
それが認められ、いまは不動の大御所ですが、
スタートはみんな小さな新人でしかないのです。

ぼくは「守破離」ということばが好きです。
身をもって最初の「守」を徹底するだけでも
人生を変えるほどの効果や結果が出ることを知ってます。
けれど、新しい時代を創るということは、
それだけでは足りないこともまた受け容れるべき事実です。

なにかしらの「新人賞」を目指している新人類のみなさん、
あなたの提案するそれは、
次の時代の新しいスタンダードになりえるものですか。
じぶん自身に対しても、
その問いから目を逸らさないように生きたいと思います。
理由としては、その方がおもしろそうですから。
そして新しい道を見出すヒントは技術でなく、
じぶんの人生にこそ隠されている気がします。

イデトモタカ(2013年6月18日)