<恋と問と解。>

恋(koi)という音は、
問(toi)と解(kai)からできている。

ただぼーっとそんなふうに思っただけで、
その発見を自慢したかったということなのですが、
恋というのは問と解、いやはや、
ことば遊びとしては嫌いじゃないです。

この人と過ごせたら、人生はどうなるだろう。
そういう問が恋にはあります。
ただ好きで、一緒にいられたらと願う。
その衝動が源になっていて、
他はみんなあとづけなのかもしれないですが、
恋のなかにはさまざまな問が含まれています。

あの人はいまなにをしているのだろう。
あの人はだれを好きなのだろう。
あの人はどんな色を着てほしいだろう。
あの人は髪型を変えたのに気づくだろうか。

いろんな問を恋は生みます。
そしてその答えを求める葛藤が、
恋の中心的なモチーフのようにも感じます。

いざ距離が近くなったなら、実ったなら、
これまでの問は、ぐっと解に近づきます。

こういう場所が好きなんだ。
こういう音楽を聴くんだ。
こういう目標を持っているんだ。
こういう両親に育てられたんだ。

そしてなにより、一つの最大の問、
この人と過ごせたら、人生はどうなるだろうか、
への解を、肌で知っていくことになります。
変化していくものかもしれませんけれど、
その経年変化も含めて、明らかになっていきます。

好奇心が大事だ、疑問を持つことが大切なんだ、
子どものころから今でもずっと、
そういうことを言われたりするものですが、
たしかに問を持ち、その解を得たときに、
人は小さな成長を積み上げるのかもしれないです。

あ、そういえば、解(kai)のなかに
愛(ai)が隠れているんですね。

イデトモタカ(2013年7月28日)