<引きずる恋の共通点。>

恋愛において相手の顔(見た目)の好みは、
どのくらい重要かということを考えてみると、
結論的には「あまり問題ではない」という答えに
なるような気がします。
たとえば、ぼくの両親はひじょうに仲がいいですが、
二人がいまだに顔の好みでたのしそうにしているか
といえば、そんなことはないように思われます。

また、顔は好みじゃないんだけどねーといって、
付き合ったり結婚したりする人はいても、
他の部分はぜんぶ合わないけど、
どうしても顔が好みだからさーといって、
付き合ったり結婚したりした人は、
そして円満に長続きしている人は、
少なくともぼくの周りにはいない気がします。
そういう実地的な事実からも、
恋愛において顔(見た目)の好みは
さほど重要ではないという結論が導かれそうです。

けれど、なのです。
けれど、ぼくのこれまでの貧弱な恋愛経験を省みると、
すごく性格がよくて会話やユーモアの相性が合って、
一緒に過ごした期間が長いという要素よりも、
ただ顔(見た目)が好みだという相手の方が、
終ったあとに引きずってしまう傾向は
ひじょうに強いように思われるのでした。
じぶんのなかで「吹っ切れる」までに、
時間がかかるのは、実は顔が好みの方だ、というのは
ぼくにとっては否定しがたい事実なのでした。

おれは、わたしは、そうじゃないというのは、
もちろん了解いたしますけれど、
少なくともぼくがこの謎の法則を発見し、
仲の良い友人いくらかに聞いてみたところ、
みんなこぞって納得してくれました。
おれも、わたしも、そうかもしれないと、
やや呆れ顔で笑っていました。

もしほんとに(多くの人が)そうだとしたら、
これはどういうことなのか。
ぼくなりに答えを出すとするならば、
それは匂いの好き、嫌いや声の相性といった、
遺伝子的な「お似合い度」と同様で、
顔の好みも理性を超えた部分での恋なのだ、
ということになりそうです。

恋愛は顔じゃない、といいますし、
実際うまくいく、いかないというところに、
顔の好みはあまり関わってこないようですが、
理性を超えた部分、本能的な部分においては、
顔(見た目)の好みは、重たく苦しいほどに
訴えかけてくる要素なのであると、
ぼくには思われるのでした。

イデトモタカ(2013年12月7日)