<叱らない人。>

慣れてしまえば、じぶんの気もちを持ち直すのは
さほど困難ではないのです。
腹の立つことがあった、うまくいかないことがあった
嫌な目にあった、そんなことは日常茶飯事です。
そういったネガティブなイベントに
いちいちこころを囚われていては
プンプンしているだけで一日が、人生が
すぐに終ってしまいます。
だからできることなら、早い段階で
出来事に無意識に反応するじぶんから
意識的に対応するじぶんになるのが望ましいわけです。

ところが、本題はここからで
じぶんの気もちをうまく扱えるようになってくると
瞬間的にはプンプンイライラすることはあっても
長くそれを引きずることはなくなります。
出来事に対する認識は変えられませんが
態度は自由なので、すぐに機嫌は戻せます。
そうすると、注意したり、叱る気もちさえも
おこらなくなってきます。
これは、良いことでもあり、危ないことでもあります。

ぼくはふだんそんなに怒りません。
一緒に仕事をしている仲間がミスをしても
目くじら立てて叱責することはないです。
一瞬々々のうちに感情が起伏することはありますけれど
それで感情の向くままにネチネチプンプンはしません。
だから「いいよ。次から注意してね」となるのですが
それはぼく(のこころ)にとっては良いことでも
果たして相手にとっては良いことなのか
つまり、成長につながる、改善につながることなのか
と最近思ったりします。

誰だって叱られるのは嫌です。
ぼくも叱られると、すごく凹んでしまいます。
けれど、確かに言われなければいけないことだったな
と思うことばもたくさんありました。
結論からいうと、そこに愛があるか、的なことに
なるのだとは思うのですけれど
なかなかどうして簡単ではない問題です。

注意しない、叱らないということは
結局のところじぶんがいちばんラクなのです。
嫌われもしないですし、嫌な顔もされません。
でも、ほんとに、ほんとに、相手のことを想うと・・・・?

イデトモタカ(2014年2月25日)